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英国のTPP加入承認とシックス・アイズ

NPO法人サラーム会会長 小林育三

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2023年8月, 夏季号より


2023年7月16日、ニュージーランドで開催しているTPP(環太平洋連携協定)閣僚級会合「TPP委員会」は英国の加入を正式に承認した。これは2018年12月のTPP発効後の加盟承認として初めてとなる。英国の加盟によりTPPはアジア太平洋地域から欧州へ拡大することとなる。また英国を含む加盟12カ国枠組としてGDPの世界に占める比率は12%から15%に拡大する。
およそ10年前3月15日、安倍総理(当時)はTPP交渉参加を表明、「国家百年の計」とその意気込みを語った。当時TPP参加は国益を損なわないか?との危惧ばかりが強調されたが、国益を経済面からのみ論ずべきではないことはウクライナ戦争のさなかにある今日にあっては明白である。軍事・外交の国家安全保障は最優先されるべき国益である。その観点からTPPの英国加盟は日本のシックス・アイズ加盟に拍車をかける出来事として歓迎すべきグッド・ニュースだ。

TPPは高度な自由貿易協定

【図解】TPP締約国と加入申請国・地域=JIJI.COM2023.7.16

【図解】TPP締約国と加入申請国・地域=JIJI.COM2023.7.16


THE SANKEI NEWS 2023/7/13

THE SANKEI NEWS 2023/7/13

英国のTPP加入承認後、記念撮影を行う締約国代表ら、左端がは加入交渉の作業部会で議長を務めてきた後藤茂之経済再生担当相=16日、ニュージーランド・オークランド(写真はJIJI.COM2023.7.16)

英国のTPP加入承認後、記念撮影を行う締約国代表ら、左端がは加入交渉の作業部会で議長を務めてきた後藤茂之経済再生担当相=16日、ニュージーランド・オークランド(写真はJIJI.COM2023.7.16)

7月16日、英国のTPP加入を「参加国にとって大きな利益をもたらす」と歓迎。各国は今後必要な国内手続きを経て、英国は来年TPPの締約国となる。加入交渉の作業部会で議長を務めてきた後藤茂之経済再生担当相は「引き続き、英国の加入プロセスを主導していきたい」と述べた。
TPPは2016年2月に米国を含む12カ国が署名したが、17年1月にトランプ大統領になって米国が離脱、18年3月に11カ国で署名し、12月に発行した。米国離脱の理由は中国の一帯一路との対抗上、安全保障面により軸足を置いたFOIP(自由で開かれたインド・太平洋構想)とQUAD(Quadrilateral Security Dialogue:日部英豪印戦略対話)を優先したためだ。
今回英国のTPP加入によるGDPの押し上げはそれほど大きくない。それは英国とTPP主要国との間で既に2国間EPA(経済連携協定)を結んでいるからだ。英国にとってもTPP加入で得られる追加的な利益はほぼゼロだ、と英誌エコノミスト元編集長ビル・エモットしは世界日報のインタビューに答えている。TPPは環太平洋連携協定として英国の加入を歓迎するも、その経済圏が欧州まで拡大することを期待することよりも、英国の環太平洋における安全保障上の役割に期待すべきであろう。

公海の安全航行あっての海洋経済圏

【図解】

日本の領海、EEZ(経済的排他水域)、公海の船舶の航行、の安全、保全、自由の維持・確保は日本の深刻な問題である。その脅威は目に見えない時から進んでいたが、日本が最初に直面した事件は、2010年9月尖閣海域巡視中の日本海上保安庁巡視船に中国漁船が体当たりしてきた事件である。その後尖閣諸島海域での中国海警船による領海侵犯、接続水域での航行、日本漁船の追尾、等々、年を追ってエスカレートしてきている。さらに台湾海峡、バシー海峡、南シナ海の人口島、「真珠の首飾り」と呼ばれる中国が構築しようとするシーレーン戦略と続く。
安倍元総理は2016年8月ケニヤで開催されたTICADの基調講演で「自由で開かれたインド太平洋」構想を提唱した。このビジョンは東アフリカからインド太平洋地域、東アジアに拡がる自由な経済社会活動を促進し地域全体の繁栄を実現することを目指している。
一方急激に海軍力を増強し、海洋覇権を目指す中国の海洋進出に対する脅威と懸念に対備し「法の支配、航行の自由、自由貿易の普及・定着、民主主義の等普遍的価値観の実現」は自由で開かれたインド太平洋を「国際公共財」として発展させるには必要不可欠である。

米国が日本を「インド太平洋の安全保障構築の柱」と明示

アメリカは2017年トランプ大統領になってインド・太平洋地域の安全保障をめぐって大きな決断をした。端的に言えば、中国への関与政策の間違いに気づき、日本への関与政策に切り替えた、と言うことだ。アメリカは30年間「中国が豊かになれば自由と民主を認める国になる」という幻想を抱いてきた。しかしそれは間違いであった。豊かで科学技術が発達した中国は中国式民主主義(権威的・全体主義と思うが)が自由と民主主義よりも優位であると確信し、世界の覇権を掌握しようとしている現実を率直に認識したのだ。この認識はトランプ大統領の独善的認識でも共和党だけの認識でもない。民主党の認識でもあり、米国民大多数の認識となったのである。

2019年6月28日、G20大阪サミット、日米印首脳会談(写真提供:内閣広報室)

2019年6月28日、G20大阪サミット、日米印首脳会談(写真提供:内閣広報室)

トランプ大統領が安倍首相に一目も二目もおいていたことはよく知られていたことであり、首相に対する信頼はそのまま日本に対する信頼につながった。憲政史上2期合わせて8年以上の最長の政権を安倍氏に委ねた日本を信頼するのは当然のことであろう。
したがって国内が火の車であったトランプ政権にとって経済連携協定であるTPPからの離脱はやむを得ないと判断し、インド、太平洋に向って海洋進出を図る中国への対備が優先されたのである。中国の膨張と侵略的行動、圧政を阻止し、自由と民主主義、法の秩序に指導力を期待できるのは日本と見做したのだ。米英日豪4カ国によるQUADにおいてその政治的経済的役割を日本に期待している。日本は韓国・インドとも協力しながら台湾有事を防備しなければならない。台湾有事は日本有事だ。

親中路線から日本重視に転換した英国

演習中のQUEEN ELIZABETH空母打撃群(FlyTeam オンラインニュース、配信日2021年4月2日)

演習中のQUEEN ELIZABETH空母打撃群(FlyTeam オンラインニュース、配信日2021年4月2日)

2021年7月11-12日防衛省は、英空母打撃群とソマリア沖アデン湾で海賊対処共同訓練を行った、と発表した。日本からは護衛艦「せとぎり」、P-3C哨戒機、英海軍からは空母クィーン・エリザベス、フリゲート艦、補給艦、米海軍駆逐艦、オランダ海軍フリゲート艦が参加した。英空母打撃軍は中東地域を通過する際、イスラム過激派(IS系武装組織)に対する作戦を展開。インド軍との訓練を展開後、シンガポールに寄港し、南シナ海では「航行の自由」を実施したのち、横須賀に寄港した。ウォレス英国防相は、防衛・安保、外交政策の長期展望として「インド太平洋地域での永続的なプレゼンスを発揮する」と語った。(季刊サラーム2021年8月第38号抜粋)
日英両政府は2020.10.23、EPA(包括的経済連携協定)に署名し、2021.1.1に発効となる。同協定は英国のEU離脱に伴うものだが、既にTPPにも強い参加の意欲を見せていた。加えて英国は香港の一国二制度を保障した1984年の英中共同声明を無視した中国への反発により、ジョンソン政権は親中路線を捨て、アジア太平洋のパートナーとして日本を重視。英国のアジア回帰は日本の国益にとっても歓迎すべき動きだ。

シックス・アイズ

英国のブレア元首相(提供写真)=THE SANKEI NEWS2020.8.4

英国のブレア元首相(提供写真)=THE SANKEI NEWS2020.8.4

ファイブ・アイズを構成する5カ国は英米加豪NZ。UKUSA協定(United Kingdom-United States of America協定)に基づく情報共有の枠組として1956年以来5カ国体制となり、国家の枠組みを超えた機密情報共有の役割を果たしてきた。
1997年の香港返還時に首相を務めた英国ブレア首相(当時)は2020年8月3日の産経新聞の電話インタビューに応じ「中国はここ数年間で一層権威主義化した。ファイブ・アイズへの日本の参加を検討すべきだ」と述べた。
英国のTPP加入は経済的国益を優先したものではない。明らかに中国を念頭に置いたインド・太平洋の安全保障の強化の一環として捉えている。そのような潮流の中で今年6月7―8日パリで開かれたOECD(経済開発協力機構)閣僚会議に集まったことを機に5アイズと日本の代表6カ国が別に集まり次の宣言を発した。
「貿易関連の経済的威圧及び非市場的政策・慣行に対する共同宣言」だ。

G7広島サミット-3日目-(セッション)

G7広島サミット-3日目-(セッション)

この6月8日の共同宣言は5月20日G7首脳声明で「非市場的政策及び慣行への対応と経済的威圧への対処」を掲げてから20日後のことで、全く同じ内容だ。つまりこの内容の意味する具体的な課題に対応するため、5アイズに日本を加えた6カ国が政策・慣行に関する情報、データ及び分析を共有することを確認したのだ。 日本は機密情報取り扱い資格を厳格にコントロールするセキュリティ-・クリアランス制度に課題があるが、「経済安全保障こそが主要な領域として克服すべき‘時’を迎えた」と積極的に受け止めることが必要だ。



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