201502

アラブの春の限界―エジプトとチュニジアのその後

カイロ在住ジャーナリスト 南龍太郎

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2015年月, 春季号より

「長期独裁政権の打倒と民主主義の確立」を目指した「アラブの春」運動は、今のところ、所期の目的を達成したとは言えず、ムスリム同胞団の横暴のみならず、「イスラム国(IS)」の出現まで許し、その限界を露呈しつつある。

アラブの春の現状


シシ大統領のアズハルでの演説

“アラブの春”の嵐をまともに受けて、長期独裁政権打倒を成功させたのはチュニジアとエジプト、リビア、イエメンだが、そのうち曲がりなりにも「民主主義実現」にまでこぎつけたのはチュニジアだ。エジプトはムスリム同胞団政権の樹立という、“横道”を経たために、経済の混乱と停滞、治安悪化を生み、民主化が一段階遅れ、シシ政権の樹立という第2革命を経て、その途上にあるのが現状だ。

リビアとイエメンは、部族間対立や宗派対立により内戦状態に陥り、民主化の見通しは全く立っていない。シリアに至っては長期独裁政権打倒の途上で頓挫している。王国や首長国では、バーレーンで2011年、同国の多数派シーア派住民が民主化を求めたものの、鎮圧されたままだ。 ヨルダンでは、ムスリム同胞団がアラブの春を利用し、虎視眈々と国王の権限縮小を狙い、議院内閣制実現への動きを見せている。

 暗殺されたエジプトのサダト元大統領の甥の「改革と発展党」党首アンワール・サダト氏は、現在の状況を「チュニジアとエジプトは民主化に成功するが、他の国家はより時間がかかる」と表現、「アラブの春」が全体として、かなり厳しい局面に直面しているとの見方を示している。

少々長くなったが当時の状況を思い出すため引用させていただいた。氏にとって恐れていたことが10 年経って現実となったことがショックであったというのである。

アラブの春を壁にぶち当たらせた、イスラム過激主義

アラブの春を利用し、壁にぶち当たらせた張本人は一体誰だったのか?結論から言えば、イスラム法に固執し、民主主義国家ではないイスラム国家の樹立を目指すムスリム同胞団やアルカイダ系諸組織、「イスラム国」を含むイスラム過激派組織だ。

チュニジアは革命後、目立った暴力的対立がほとんど無いまま民主化が進んだと評されているが、エジプトでのムスリム同胞団追放劇が無ければ、同胞団政権が樹立されたままイスラム国家に転落する可能性があったのである。


チュニジア大統領選で勝利を収めたカイドゼブシ氏

ベン・アリ政権崩壊後の2011年10月に実施された制憲議会選挙でムスリム同胞団系政党「アンナハダ」が第一党に躍進した。同年12月、同胞団に支持されたマルズーキ氏が暫定大統領になり、同胞団政権が樹立された。2013年2月以降、同胞団支配に反発し真の民主化を求めていた野党指導者らが相次いで暗殺された。これを契機に暗殺を野放しにした「アンナハダ」への批判が高まり、首相が辞任、実務者内閣が樹立されるなどした。2014年12月、アラブの春の総決算とも言うべき大統領選で、世俗派のカイドゼブシ元首相が、アンナハダの推すマルズーキ氏を破って大統領に当選した。

このチュニジアの民主化のプロセスの背後にはエジプトの政変劇の影響があることを見逃してはならない。エジプト国民は同胞団政治の危険性に気付き、同胞団を上回る組織力を持つ軍に要請した結果、軍が政変を起こして同胞団を追放し、シシ大統領を選んだのだ。シシ大統領は民衆の支持の下、同胞団幹部らを徹底して追放・投獄し、チュニジアの同胞団勢力をも弱体化させた。このことがチュニジア大きく影響した。そしてチュニジア国民は「同胞団政治は民主化ではなくイスラム化を進める」との危険性を理解したのだ。良識ある国民の選択と言えよう。

シシ大統領の3大政策:1、強い国家、2、経済再生、3、宗教改革

民主化に向けた第2革命としてエジプトのシシ政権が推し進めている政策の主要点は3つある。第1は、シリアやイラク、リビア、イエメンなどが、イスラム勢力の拡大と混乱を招いた理由は国家が弱かったからである、との反省の下「強い国家」がとても重要だと認識し強い政治機構体制を確立すること、としている。

イスラム国から守る最大の方法は何かとの質問に対し、アルアハラム政治戦略研究所のモハメド・ファイエズ研究員は「強い国家になることだ」と答え、エジプトが今、軍と警察、国民の団結による“強い国家”建設を目指していることを示唆した。

第2は、強い国家を後押しする、経済の立て直しだ。モルシ同胞団政権が、同組織を母体とするパレスチナのイスラム根本主義過激派組織「ハマス」に対し盲目的な支援を与えたことによりエジプトの治安に混乱をもたらし、観光業に壊滅的な打撃を与えた。経済を立て直すためにはムスリム同胞団等の過激派をコントロールし、治安不安を解消して観光業を振興させることだ。


第2スエズ運河建設のための掘削作業中。複数の重機や船が投入されている。第2スエズ運河はここから始まる。=2015年1月14日、南龍太郎撮影

そして経済活性化のもう1つの目玉が「第2スエズ運河」建設だ。

シシ大統領は、ナセル元大統領が同運河国有化宣言58周年記念日に、第2スエズ運河建設を宣言した。現在の運河に並行して新たな運河を開き、一方通行から双方通行にし、待ち時間を大幅に縮小して通航船舶量の倍加を図るというものだ。全長72キロの建設資金40億米ドルは、スエズ運河投資証券として5年満期、年率12%で売り出され、全額エジプト国民で賄われる。


第2スエズ運河の掘削が始まった入口付近(掘削作業がここから開始)=2015年1月14日、南龍太郎撮影

国民は燃え、短期間に全額が売り切れた。軍が全体の工事を指揮・監督する国家挙げてのプロジェクトだ。昨年8月から工事が開始され、今年8月には完成する予定である。

第3は、更に本質的で重要な政策として「イスラム教内の改革」を断行するとしている。

シシ大統領は昨年10月28日、同国のゴマー宗教財産相と会談し、近年のアラブ諸国や全世界の国際的発展に照らした「イスラム教の解釈の一新の重要性」を強調した。世界最大のイスラム教徒人口を抱えるインドネシア元大統領ワヒド氏は、「コーランを文字通り読めば、一般的に”イスラム狂信主義”と呼ばれる思想へと到着する」と述べ、コーラン自身が暴力思想を助長していることを指摘した。シシ大統領は、近年コーランの更なる恣意的解釈により、自分の立場や暴力を正当化する『ムスリム同胞団』を含むイスラム過激派の横暴を前に、イスラム教の近・現代的解釈の必要性を強調したのだ。

「アズハル国際会議」で、アズハル自身のイスラム教徒への教育責任を認め世界に表明


カイロ市内のホテルで行われたアズハル国際会議の開会式で、アズハルのタイエブ・グランド・イマムを始めとした指導者がひな壇に並
ぶ=2014年12月3日、会場にて、南龍太郎撮影

かねてからローマン・カソリックを始めとするキリスト教会からの「イスラム国」やイスラム過激派勢力に対する“態度表明”を迫られていたアズハルは、大統領による“激”を受け、今までの責任逃れの姿勢を180度転換したのだ。アズハルはスン二派過激派イスラム教徒に対する教育責任を認め、全イスラム教徒の再教育を決断したのだ。


カイロ市内のホテルで行われたアズハル国際会議の開会式に参加した、各国のイスラム教スン二派指導者達=2014年12月3日、会場にて、南龍太郎撮影

その決意を全世界に表明し、スンニ派指導者の団結を謳いあげたのが、昨年12月3日と4日、カイロで行われた「アズハル国際会議」だ。イスラム過激派組織を輩出するスン二派の最高権威アズハルのグランド・イマム、アフマド・タイエブ師は、冒頭の挨拶で、「我々は目を閉じてはならず、誤解して過激派に合流する若者に責任を持たねばならない。彼らはジハード(聖戦)の意味について誤解している」と指摘、イスラム教徒の聖典コーランの節や句について、「イスラム指導者が正しく指導する責任がある」と強調した。

これは、「過激主義者らはイスラム教徒ではない!」として、「トカゲの尻尾切り」に徹した、責任逃れをしてきた過去の姿勢を根本的に改めたもので、全イスラム教徒の教育に、アズハルが初めて全責任を持つ姿勢を表明したものだ。イスラム国出現に対するイスラム教スンニ派指導者の責任を認め、イスラム指導者・信徒への抜本的教育改革を誓ったと言える。

シシ大統領のイスラム教内改革をワシントンタイムズが評価

米紙ワシントンタイムズによると、「シシ大統領は更に昨年12月28日に、スンニ派イスラム思想の中心であるカイロのアズハル大学を訪れた。聖職者や学者らを前に、長年にわたるイスラム教の書物や説教によって、暴力を正当化する思想が生まれた」と主張し「今こそ、イマーム(導師)らが、それを止めるべきだ」と強調した。さらにエジプトの国民向けに放送されたテレビ演説では、「ここから出て、外から見なければならない。真に開かれた思想に近づくには、それが必要だ。我々の宗教を改革する必要がある」と語ったことを報じている。(Washington TimesJanuary 11,2015、世界日報1月13日掲載)

同紙は、オバマ大統領の「イスラム教とイスラム過激派は無関係」「イスラム教は暴力的な過激派との戦いの問題とは無関係だ。イスラム教は平和促進の一翼を担っている」等発言や、オランド仏大統領の「これらの攻撃を実行した者はテロリスト、狂人であり、これら狂信者はイスラム教とは無関係だ」と語った言葉と比較しシシ氏の指摘を評価している。

エジプトにおけるアラブの春の可能性

シシ大統領は今年1月7日、コプト教会を訪問しクリスマスをお祝いした。大統領の側近を派遣するだけの過去を改め、大統領自身が出向いて、直接、超宗教姿勢を示したのだ。

今後、アラブの春に期待された国家へと発展するか否かのカギは、アズハルの健全化(宗教改革実現)とその教育力、エジプトの民主化実現等にかかっている。それらが順調に進展すれば、エジプトのみならずアラブ全域にアラブの春に求められた希望がよみがえる可能性が生まれるのではないだろうか。


他の記事は、電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2015年2月, 春季号にて…