第二の原子力時代の門を開くトリウム熔融塩炉
㈱トリウムテックソリューション 髙橋 裕
電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2021年2月, 春季号より
従来の主流原子炉である軽水炉は低コストでクリーンなエネルギーではあるが安全性が問い直されている。この原稿ではクリーンでかつ高い安全性を保有し地産地消にも適する低コストの小型新型革新炉の一つ、しかもプルトニウム消滅も可能なトリウム熔融塩炉の概要を説明する。
日本の現在のエネルギー戦略
発足したばかりの菅新政権は、昨年10月26日の首相所信表明演説で、2050年までに温暖化ガス排出ゼロを目指す「カーボンニュートラル」を実現することを宣言し、従来の1990年比80%以上削減、という目標を大きく引き上げクリーンエネルギー問題に正面から取り組む姿勢を国内外に示した。
政府は3年毎にエネルギー基本計画を見直している。現在の第5次計画は2018年7月に閣議決定したものであるが、2017年度現在の化石燃料81%の中で低効率の石炭発電所を廃止するなどにより2030年度には56%に抑え、代わりに非化石燃料の比率を高め、再生エネルギーを16%から22~24%に、福島原発第一号機事故などで相次ぐ停止を余儀なくされた原子力は3%から20~22%に引き上げる目標を掲げている。
資源エネルギー庁「エネルギー基本計画策定後の動向と今後の対応の方向性について」平成30年12月27日より
菅首相の演説からも、本年出る第6次エネルギー基本計画では大幅な変更が容易に予想されるが、昨年の12月25日には、エネルギー、輸送・製造、家庭・オフィスの3部門14重要分野における脱炭素2050年への政府の実行計画「グリーン成長戦略」を発表し、エネルギー政策についても言及した。エネルギー関連産業では洋上風力発電、アンモニア、水素、原子力の4分野を重点分野としており、原子力産業には小型炉(SMR)、高温ガス炉、核融合が盛り込むなど、安全性の高い革新的技術に裏付けられた次世代の原子力発電開発の重要性を謳った。
(経済産業省 「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」より)
(経済産業省 「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」より)
衆議院第一議員会館で講演会、「第二の原子力時代」の門を開く!を開催
政府がエネルギー政策の舵を大きく切りつつある中で、昨年12月8日、衆議院第一議員会館で「第二の原子力時代」の門を開く!をタイトルに講演会が開かれ、㈱トリムテックソリューションの古川雅章社長が「トリウム熔融塩炉」開発についての講演を行った。
テーマに「第二」とある理由は、現在の第一原子力時代が、今まさに第二原子力時代を迎えたという意味である。
エネルギー政策の変革期を迎えていることを感じてもらうために前段が少し長くなったが、「第二の原子力時代の門を開く」とはどういう意味で、果たして第二の原子力時代の門を開くモノが何なのかという本論に入りたい。ここでは、筆者を初め多くの読者も原子力研究者ではないことを前提に筆を進める。理論的・技術的な詳細説明を望む方は、原子力の研究者でトリウム熔融塩炉“FUJI”の設計者として世界的に著名な故古川和男博士の名著「原発安全革命」(文春新書)を是非読んでいただきたい。
第一の原子力時代
1942年に米国シカゴ大学のエンリコ・フェルミが実験炉で原子力発電の原理となる核分裂の連鎖反応を行うことに成功した。1951年には原子力発電実験炉、1954年には原子力発電所の運転が開始してから80年近い年月が経とうとしている。2020年1月1日現在世界で437の原子力発電所が稼働している((一社)日本原子力産業協会資料による)。ウラニウムの固形燃料を使う軽水炉型が大半を占めており、発電量で100万kWh規模のものが多い。原子力発電は太陽光発電や風力発電と異なり、火力発電のように季節、天候、昼夜を問わず一定量の電力を低コストで安定供給できるベースロード電源で、かつ火力発電とは異なりCO2を排出しないクリーンエネルギーといった利点がある。しかし最大の欠点は安全性の問題である。重大事故が発生した場合に、爆発、炉心融解(メルトダウン)、放射性物質を周辺地域へ拡散するといった危険性がある。その他にも、立地が都心部から離れており長距離送電に伴うエネルギーロスが大きく、使用済み核燃料の再処理や核廃棄物受け入れ先の確保が必要となる。ウラン燃料を燃やすことで生成されるプルトニウムは核兵器製造に使用できることから、日米原子力協定で利用目的のないプルトニウムの削減を求められている。
昨年11月4日の「原発の増設を現時点では想定していない」との菅首相の国会答弁は、安全性に大きな問題を抱える従来主流の軽水炉型原子力発電の時代、いわば第一の原子力時代の幕引きが始まったと受け止められよう。と同時に、関連して「新型革新炉を含めた技術開発等、不断の安全性向上に向けた取り組みは進めていく」との梶山経済産業大臣の発言は、第二の原子力時代の幕開けを暗示していると受け止められる。
第二の原子力時代とは
それでは第二の原子力時代の原子炉とはどのような要件を満たすことが必要だろうか?低コスト、安定供給できるベースロード電源、CO2排出をしない、という原子力発電の強みを失わず、加えて福島第一原子力発電所で起こったような過酷事故発生は想定しなくてすむ程の安全性を持ち、万一炉が止まっても放射性物質が周辺地域に飛散することはない。その上小型で地産地消に適し、長距離送電が不要なのでエネルギーロスも少ない。更に使用済み核燃料の再処理が不要で、核廃棄物の量は出ても少量で原子炉敷地内に保管して敷地外に運び出す必要がなく、安全保障上削減が求められる核兵器向けのプルトニウムを生成しない。これらの要件を全て満たす原子炉であれば第二の原子力時代の門を開くことができると言えよう。果たしてそのような、夢のような原子炉開発が可能であろうか?
第二の原子力時代の門を開くトリウム熔融塩炉
その門を開く原子炉こそ、以下紹介するトリウム熔融塩炉である。
原子力発電は、核分裂連鎖反応を継続的に生じさせ(臨界)、その際に生じる莫大な熱により、蒸気タービンなどを用いて発電する装置である。核分裂連鎖反応の材料として用いることができる天然の原料にはウラニウムとトリウムの2種類がある。ウランは核分裂反応でプルトニウムを生成し、トリウムはウランを生成するがプルトニウムは生成しない。(核分裂反応や原子炉についての詳細は、先に掲載した古川和男著「安全原発革命」に分かりやすく記載されている)。
第一の原子力時代の代表であるウラン固形燃料軽水炉とトリウム熔融塩炉による炉との大きな違いは3つある。
1、固体燃料vs液体燃料
2、ウラン燃料vsトリウム燃料
3、大型(100万kW程度)vs小型(20万kW以下)
これらの違いにより、第一の原子力時代の原子力発電の弱点を克服し、第二の原子力時代を迎えることが可能である。
高い安全性と経済的優位性
発電で重要な安全性と経済性について、軽水炉と比較しながら、トリウム熔融塩炉の特性を以下説明する。
<高い安全性>
トリウム熔融塩炉の安全性は主として化学プラントのように液体燃料として運転することによる。トリウムを熔融塩(液体のフッ化物のフリーべ系熔融塩)に溶かし込むことにより、核分裂反応が起こっても常圧状態が保たれ、メルトダウンの原因となる燃料棒は不要である。冷却に水を使わないので水素ガスは発生しない。万一循環ポンプが止まっても液体燃料は自然対流により循環を続け炉心の熱を外部に運び出し、また循環速度が遅くなると炉心の核反応速度も遅くなり熱の発生も少なくなるので炉心過熱は起こらない。緊急時には炉心下部のドレインバルブ(排出口)が、電源が落ちた状態でも自動的に開き、液体燃料は地下のタンクに落ち、同時にガラス状に固まるので放射性物質を閉じこめ外部に出さない。従って福島第一原子力発電所のように、水素ガス爆発、核燃料融解(メルトダウン)、放射性物質の外部への流出は起きない。
このような原理的安全性・パッシブセーフティ(事故を未然に防ぐ)を備えているので過酷事故は想定し難い。
<経済的優位性>
トリウム熔融塩炉は発電コストが1kWh当たり5円以下と試算され、再生可能エネルギー、火力、さらには軽水炉よりもはるかに低価格で電力を供給できる(下表参照)。そもそも燃料となる核物質1グラムから石油1トン分(百万倍)のエネルギーを生み出す効率のいいエネルギー資源である。加えてトリウム熔融塩炉はトリウムを液体燃料として用いることから、複雑で定期交換を要する燃料棒が不要で構造が単純なうえに、軽水炉のように何重もの安全対策が不要な分、より低価格での製作が可能となる。また、トリウム熔融塩炉は液体燃料の流速を変化させることで核分裂反応のスピードをコントロールできるため、再生可能エネルギーの不安定さを補えるなど、再生可能エネルギーとの相性もいい。
更に熔融塩炉はトリウムだけでなくプルトニウムも燃料として用いることができるため、厄介者扱いされているプルトニウムを熔融塩炉で消滅させながら、高収益産業を生み出すことも期待できる。また、ウランが偏在・独占されているのに対してトリウムは世界中に普遍・豊富なので資源確保競争にさらされる危険性は少ない。
ウィグナー博士やワインバーグ博士らの尽力により、熔融塩炉は米国オークリッジ国立研究所で実験炉として4年間無事故運転された実績があり技術的に確立しているので、他方式の新型革新炉と比べても、開発時間や開発コストで優位性を持っている。
電源コスト比較
‘軍事的無価値’との判断により開発の選択肢から除外
新型革新炉とはいうものの、熔融塩炉はここ数年で現れた技術ではない。熔融塩炉は1965年から1969年まで実験炉が米国オークリッジ国立研究所で無事故運転をした実績があり、既に基礎技術は確立している。4年間の稼働実績があるにも拘わらず、米国で1976年に熔融塩炉開発が中止になったのは、トリウム熔融塩炉が核兵器向きのプルトニウムを作らないため軍事的に無価値との政治的理由によるものと言われている。残念なことに、そのため世界中の原子力発電所のほとんどが、安全性や経済性に劣るプルトニウムを生成する軽水炉になってしまった。
(㈱トリウムテックソリューション創業社長古川和男設計の熔融塩炉“FUJI”)
第二の原子力発電時代は始まっている
しかしながら、第一の原子力時代の軽水炉型原子力発電が相次いで寿命(日本は40年の運用期間、原子力委員会認可により1回に限り20年限度の延長可能)を迎えようとしている中で、世界中で原子力発電の見直しが本格化している。今までのような政府主導ではなく、安全性に加え経済性を重視した開発を民間主導で行い、それを政府が支援するという、ベンチャーによる小型炉(数万kWh規模)の開発である。既に米国の14社を中心に世界で20社の開発ベンチャーが名乗りを上げしのぎを削っている。日本にもその流れは押し寄せ、経済産業省も2019年度から「社会的要請に応える革新的な原子力技術開発支援事業」を開始し2020年度が2年目である。㈱トリウムテックソリューションの熔融塩炉開発も採択され、日本特有のプルトニウム消滅熔融塩炉として、また世界市場を見据えたトリウム熔融塩炉としての開発を進めている。
終わりに
温暖化をはじめとする地球環境保全の重要性が高まる一方で、新興国を中心として伸び続ける世界のエネルギー需要に応えるためには、省エネの推進とともに安全でクリーンな低コスト電力の大量供給が必要である。同時に、核兵器製造に向くプルトニウムを生成しない‘平和のための原子炉’を人類は求めている。これらのニーズに応え得る第二の原子力時代の担い手としてのトリウム熔融塩炉に筆者は大きな期待を寄せ、希望を抱いている。
(参考)
株式会社トリウムテックソリューションのホームページ https://ttsinc.jp/
「原発安全革命」(文春新書)購入 http://www.gunkyo.co.jp/bookGAK.php
電子版 https://books.bunshun.jp/ud/book/num/1666080600000000000K
モルテン・ソルト・リアクター勉強会
https://www.youtube.com/channel/UC4cm0mYPDBZHqcz0t15-mwg
トリウム、もう一つの原子力(amazon prime) https://www.amazon.co.jp/dp/B08DL6LBXN
「「原発」、もう一つの選択」 金子和夫著 ごま書房新社
「トリウム原子炉革命」~古川和男・広島からの出発~ 長瀬 隆著 展望社