201508

過激派組織「イスラム国」に対する国際的包囲網の成果と今後の課題

NPO法人サラーム会会長 小林育三

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2015年8月, 秋季号より

ISISがカリフを押したて「イスラム国」の樹立宣言をなした2014年6月29日から1年が経過した。ラマダン(断食月)初日を期しての’樹立宣言’、ラマダン入り初の金曜礼拝でアブバクル・バグダディ自身が説教。イラク第2都市モスルのモスク金曜礼拝での’カリフ’登壇は、イスラム社会における鮮烈なデビューであった。

今年は、ラマダンに入って早々6月26日に3カ国①(4カ国)での同時的多発テロが発生。3カ国のテロの関連については調査段階であるものの、ISが「ラマダン中に敵を攻撃して殉教せよ」とする音声声明をネット上に掲載していることから、ISの指示、あるいは影響を受けたものであることに間違いない。

ここで過激派組織「イスラム国」に対する国際的包囲網について視てみたい。

3カ国テロの状況


6月26日発生したフランスのテロについて報じる翌27日付の日本メディア。写真はテロ事件が起き、警官らでごった返すフランス南東部グルノーブル近郊の工場前の様子

1)仏南東部リヨン郊外のガス工場襲撃事件:ヤシン・ザルヒ容疑者(35)の車がガス工場に乗り込み、その後大きな爆発が発生。現場には容疑者の上司(54)の遺体が車のそばに横たわり、切断された頭部はイスラム教に関係する2枚の旗で覆われていた。頭部切断という残虐行為は過激派組織「イスラム国」による処刑を連想させる。仏カズヌーブ内相によれば、容疑者は過去イスラム過激思想に感化された要注意人物として、当局が一時監視対象としていた。地元メディアによれば容疑者は詳しい供述を拒否しており、動機の解明は難航が予想される、としている。


チュニジア中部スースで6月26日起きたリゾートホテル襲撃事件で、犠牲者38人を出した現場に花束をささげる女性=6月27日

2)チュニジア中部スースのリゾートホテル襲撃事件:中部カイラワン出身の学生シフディン・レズキがビーチパラソルに隠し持っていた銃を乱射、襲撃犯は現場で射殺された。シド首相は犠牲者は38人だったと発表、3月に首都チュニスの博物館で起きた銃撃事件での20人(日本人を含む)を上回る犠牲者が出た。過激派組織「イスラム国」を名乗る犯行声明がツイッター上に掲載された。


クウェートのアリフジャン米軍基地で、ISIL対策で軍幹部と会合した後記者会見に臨むカーター国防長官=2015年2月23日(国防総省提供)

3)クウェート市にあるシーア派モスクでの自爆テロ事件:サウジアラビア人ファハド・ガッバーア容疑者がイスラム教シーア派のモスク内で身に着けていた爆弾を起爆、金曜礼拝参加者27人を殺害、負傷者は200人以上。クウェート当局は男と関係あると見られる人物数人を逮捕。5月にサウジアラビアでテロを実行している「イスラム国ナジュド(アラビア半島中央部)州」を名乗る武装組織が犯行声明を発表。同モスクがスンニ派にシーア派の思想を浸透させようとしていたとして犯行を正当化している。

アメリカ主導の有志連合


イラクのヘリコプターに救出された直後のヤジディ族の姉妹= 2014年8月20日

オバマ大統領が2011年12月に米軍をイラクから全面的に撤退させたことの是非はさておき、2014年にはイラクの対’イスラム国’のために軍事顧問を派遣し、無人機による空爆を行い、アラブ湾岸諸国を含む有志連合を結成した。イラクの挙国一致内閣、アバディ首相の要請に基づくものであった。

シリアへの空爆は昨年8月のキリスト教の少数派ヤジーディ教徒の救出を建前とした限定的なものであった。シリアのアサド政権との協力は否定しているものの空爆を行うとの通告はシリア政府に伝えていた。アサド政権は国際テロ対策に「協力の用意がある」と表明し対米関係改善を模索する姿勢を見せていた。

対「イスラム国」国際包囲網


ケリー米国務長官は湾岸協力会議・地域パートナー会合の参加者と記念写真―2014年9月11日、サウジアラビアのジッダ

過激組織「イスラム国」を軍事的に壊滅させる戦略としての有志連合には共和党の批判はもとより軍中枢部からも批判があり評価は未定である。しかし対「イスラム国」への国際包囲網を形成し得たことは評価すべき事といえる。特にシリア内戦が泥沼化した責任は米オバマ政権の失政にあるとの批判が強くある中で、アラブ湾岸諸国を含む有志連合を形成しえたことはある程度の失点挽回と言えよう。

米軍によるイラクへの空爆は8月には100回を超えた。そして9月24日にはシリア領内での「イスラム国」の首都とするラッカの指揮統制施設等4箇所に、中東諸国(ヨルダン、バーレーン、サウジアラビア、カタール、UAE)と共同で戦闘機、爆撃機、無人機、巡航ミサイル「トマホーク」の発射による初空爆が行われた。

60カ国に及ぶ広範な国際包囲網は、アルカイダ、過激組織「イスラム国」、イスラム過激主義組織、イスラム聖戦主義者等の拡散を防止し、抑止し、領域を包囲し封じ込めて行くことへの国際的足並みを揃えることを可能にしたといえよう。

2015年の米軍の対過激組織「イスラム国」との戦い

今年に入り過激組織「イスラム国」は、仏の風刺週刊誌発行本社「シャルリー・エブド」を武装した犯人が襲撃し、警官2人や編集長、風刺漫画の担当者やコラム執筆者ら合わせて12人を殺害した。続いて邦人人質2人を処刑するという殺人事件を引き起こした。さらにチュニスの博物館での銃撃事件で20名を殺害した。

一方イラク国内では西部アンバル州に勢力を集中しラマディを制圧、シリア国内ではラッカからデリゾール地帯を押さえ5月14日には②世界遺産都市パルミラ市を制圧した。


パルミラ遺跡眺望

対するイラク政府はアメリカにラマディ奪還へのテコ入れを要請し、アメリカは450名の米軍増派を決定した。ラマディ東部のイラク軍作戦司令部に駐留し、迅速に空爆を実施できる体制を整える(地上戦には加わらない)とし、駐留米軍の規模は総数で3550人となった。ローズ大統領副補佐官は「国土を取り戻す最善の方法は、イラク国民自身が戦いの先頭に立つことだ」とし、既存戦略の転換ではないと指摘している。


イラクのタジ軍事基地で米軍教官から小部隊の戦術や移動技術について話を聞くイラク兵士= 2015年3月24日(米陸軍提供)

6月16日、クルド部隊が米空爆の支援を受け、シリア北部トルコ国境の町テルアビヤドを制圧した。同地は過激派組織「イスラム国」が支配するアインアルアラブより東方に位置し、過激派組織「イスラム国」がシリア内の首都とするラッカにより近く、かつラッカへの戦闘員や物資運搬の主要ルートだ。またトルコとの石油密輸ルートともなっており、過激派組織「イスラム国」にとって資金調達にも支障をきたすと見られる。

空爆作戦が成果を挙げるためには、地上部隊との連携が鍵を握る。イラクの北部クルド人自治区アルビル周辺地域ではクルド人治安部隊「ペシュメルガ」との協力が進み、多くの地域が奪還された。一方ラマディ奪還はイラク地上部隊と米空爆作戦の連携がなされなかったことが大きな敗因とされ、450名の増派になったといえる。

シリア西北トルコの国境地帯でもクルド民兵とISとの戦闘が繰り広げられている。7月4日と5日、米軍主導の有志連合はラッカを空爆し30人を殺害した。加えてトルコで訓練されているシリア反体制派の戦闘員100人が課程を修了して、近くシリアに戻す方針と伝えられている。


下院軍事委員会でイラク軍の訓練の遅れなどについて証言するデンプシー統合参謀本部議長とカーター国防長官=6月17日(国防総省提供)

又、ヨルダンで訓練されていた自由シリア軍「南部戦線」はシリア南部ヨルダン国境ダルアー(シリア政府主要基地)からシリア政府を駆逐したとのニュースが伝えられた。当地はダマスカスから100kmと離れていない。

以上の戦況を概観すると、米軍はクルド人部隊との連携に成功しており過激派組織「イスラム国」の支配地域を奪還しつつあるといえる。それに対しアラブ・スンニ派との連携はうまくなされておらず、そのために③増派がなされたと見ることができる。

イスラム過激主義やジハード思想とは一線を画すシリア反政府運動としての「自由シリア軍」はヨルダンでの軍事訓練によって戦果を上げるまでに成長しつつあると言えよう。

過激組織「イスラム国」の戦闘員の減少

過激組織「イスラム国」にとって建国樹立宣言1周年ともいえる6月29日に向けての3カ国同時多発テロは、組織からの指令による直接的なものと、影響を受けた④ローンウルフによるものと、断定はできないものの過激派組織「イスラム国」による直接もしくは間接的な事件であることは間違いない。

別の見方をすれば、過激組織「イスラム国」はイラク内、シリア内での戦闘に精一杯で、戦闘員を外国に派遣する余裕はなかったのである。加えて「イスラム国」外への一番の抜け道となっていたシリアとトルコの国境地帯の支配を失った事により、戦闘員の海外流出、海外からの流入は大幅に阻止されてしまったと思われる。

最近興味深い記事を目にした。「イラクやシリアで活動する過激組織イスラム国に加わった戦闘員を離脱させるため、元過激派のエジプト人男性がインターネット上で懸命の説得を続けている。試みが奏功し、既にエジプト人50人が同組織を離れ、帰国を果たしたという」(アレクサンドリアエジプト時事)

このニュースは過激組織「イスラム国」にとっては最も知られたくない事実であろう。高度のIT技術を駆使しての戦闘員のリクルートに打撃を与える事実だからだ。

今後の課題

国際社会はIS「イスラム国」に対する包囲網を堅持し、イラク・シリア内の彼らの支配地域を奪還する作戦に協力して行くことは今後も継続すべきだ。

そして当事者としてのムスリムは「イスラム教は平和で穏健な宗教である」ことを証するために、「過激思想やジハード思想はイスラムの教義から逸脱している」、と声を上げることが重要ではないだろうか。

そのことによって、犠牲がより少なく解決に導かれて行くことを期待して止まない。


文末脚注

①(4カ国)
6月26日に4カ国でテロが発生したが、ソマリアにおけるテロ事件はアルカイダ系のイスラム過激派組織アル・シャバーブによるもの。過激組織「イスラム国」との関係は薄いと思われる。
「6月26日(現地時間),首都モガデシュの北西約100km地点にある下部シャベレ地方レーゴにあるアフリカ連合ソマリア・ミッション(AMISOM)ブルンジ部隊駐屯基地がイスラム過激派組織アル・シャバーブに襲撃され,AMISOM側に死傷者が発生」(外務省ホームページ)と記されている。

②世界遺産都市パルミラ
世界遺産「パルミラ」が過激組織「イスラム国」に破壊される危機に陥っている。パルミラは、シリア中央部にあるローマ帝国支配時の都市遺跡。シリアを代表する遺跡の1つ。1980年、ユネスコの世界遺産に登録された。ローマ様式の建造物が多数残っており、ローマ式の円形劇場や、浴場、四面門が代表的。(写真と説明はウィキペディアより引用)


ぺトレイアス大将

③増派
2006-2007年、米ぺトレイアス大将の増派の支援を受け、スンニ派部族による「アンバルの覚醒」は当時の「イラクのアルカイダ」(イスラム国の全身)に完全に勝利している。しかし2011年の米軍完全撤退によりスンニ派部族長は見捨てられた状態になった。したがって今回の増派米軍と現地のスンニ派部族とが再び友好関係を築くことができるかが課題。

④ローンウルフ(型のテロ)
個人や兄弟・親戚程度の範囲内のつながりでテロを計画・実行される。テロが実際に行われた後で、本人の意識や客観状況から、アルカイダに共鳴した(あるいはイスラム国に共鳴)・・・(池内恵著イスラーム国の衝撃、39Pから引用)

◆世界遺産都市パルミラ


ベル(バアル)神殿

列柱道路( デクマヌス)

テトラビュロン(四面門)

ローマ劇場

他の記事は、電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2015年8月, 秋季号にて…