201808

2020年小学校プログラミング教育必修化へ本格発進

ジャーナリスト 佐野富成

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2018年8月, 秋季号より

2020年度から実施される小学校の新学習指導要領で、論理的な思考力を育てる「プログラミング教育」が必修化され、その後、順次中学校、高校へと拡大していく方針だ。しかし、「プログラミング教育」の必修化に対して、小中高の親世代の約40%は、「知らない」と答えている。一方、経済産業省ではIT人材の不足が2030年までに最大79万人に拡大すると予測している。社会から求められるスキルの変化と学習方針の変化が十分に周知されていない現状をどう克服できるか。

「IT人材の需給に関する推計」


経済産業省では、今後我が国産業の成長にとって重要な役割を担うことが期待されるIT人材について、アンケート調査や有識者による研究会を実施し、中長期的な人材需給動向や、今後のIT人材の確保・育成に向けた方策について検討を行いました。
 報告書本編では、IT市場の成長率と生産性向上見込みについて、シナリオ別に推計を実施しています。
・情報セキュリティ人材は、現在約28万人、不足数は約13万人であるが、2020年には不足数が20万人弱に拡大。
・先端IT人材は、現在約9.7万人、不足数は約1.5万人であるが、2020年には不足数が4.8万人に拡大。
(経済産業省ホームページより(参考図と図表下説明文ともに引用)
http://www.meti.go.jp/press/2016/06/20160610002/20160610002.html – 2018-01-20)

プログラミング教育


TEPIA(一般財団法人高度技術社会推進協会、ロボットプログラミング・3D プリンタ教室の画像。

「プログラミング」と一言で言っても電気工学的(ロボット製作、AIのような人工知能開発)なもの、エンターテインメント(例えばゲームプログラミング)、IT時代に欠かせないウィルス対策など様々だ。政府は「産業競争力の源泉となるハイレベルのIT人材の育成・確保」を成長戦略と位置付け、「IT を活用した21世紀型スキルの習得」と「人材のスキルレベるの明確化と活用」を行うとしている。


Scratch(MIT メディアラボが開発したプログラミング言語学習環境)はプログラミングを身につけられる学習サイト。

「我が国の競争力を左右するものは何か。それはIT力です。ヨーロッパではIT力が、若者が労働市場に入るために必要不可欠な要素であると認識され、多くの國や地域が学校教育のカリキュラムの一環としてプログラミングを導入している」とその背景を説明している。IT先進国アメリカではビル・ゲイツ氏やマーク・ザッカーバーグ氏の支持を得たNPO団体が全米の学校にプログラミング授業の導入活動をしている。イギリスは5歳から16歳までの全児童に義務化されている。となりの韓国は昨年2017年から小学校での義務教育化を決定した。

プログラミング教育義務化へのねらいと課題


文部科学省、総務省、経済産業省は連携して「小学校プログラミング教育必修化に向けて」と題する準備概要を作成し、小学校段階での教育実施に向けての準備が整ったことを紹介している。

内閣府の調査によると欧米でのPC普及率・所有率は中学生で6~7割に対し、日本は2割程度、と非常に低い。スマホの普及が5500万人にも達している反面PCが使えない人が増えている現状も見逃せない。したがって国民のニーズに任せたITツールの普及だけではIT力の向上に繋がるとは限らない。

小学校での必修化のねらいは「プログラミング的思考を育み、情報社会がコンピューター等の情報技術に支えられていることに気付き、コンピューター等の活用により、身近な問題を解決し、よりよい社会を築こうとする態度を育む」としている。簡単に言えばITツールに慣れ親しみ、「論理的な思考を学ぶこと」にあるとし、専門的なプログラミングを行うものではない。つまり、小学生についてはプログラミング知識の教育ではなく、すでに入れられたプログラムを利用して前後、左右、前進、後進といった基本的なプログラムを組み合わせてものを動かしたりする簡単なものだ。子供に興味を持ってもらい、それをきっかけにプログラミングによるものづくりの楽しさというものを知ってもらうことを目的としている。


個人農家が「キュウリ仕分け機」を開発

学校では、すでにタブレットを中心にした機器が配布されている。いまの子供たちはすでにスマホの扱いも手馴れてきており、さらにPCツールもうまく使いこなせる子供たちもいる。ただ、PCよりもタブレットやスマホといった指で動かすことに慣れている児童も多い。その一方、小学校で初めて習うという子供たちもいる。また、スマホの普及により、PCが使えないという学生がそのまま社会人となり、企業に入って初めてPCと向き合うことになり右往左往するという問題も現実に起きている。その差をどう埋めるかも課題の一つだ。

小中学生から始めるプログラミングの本

日経BP社発行の「小中学生から始めるプログラミングの本」2018年版が発行された。目次の横に本書の読み方が記され、各章ごとに小中学生向けの記事か、高校生向けの記事か、親向けの記事かが分かる様にアイコンが付けられている。第一章は親向けの記事で、「はじめにしっておいてもらいたいこと」と題し、4つの質問を親に投げかけている。面白い設問なので紹介する。

「小中学生がプログラミングをすると、将来良いことがあります。どれでしょうか?」
4択で、①プログラマになり、ゲームのヒット作を出しておおもうけできる。②2020年に始まる(小学校の)プログラミングの必修化に備えられる。③将来IT人材が不足するので、就職に苦労しない。④将来、世の中をリードできる人物になれる可能性が高まる。とある。答えは④番。もちろん、①や②、③も間違いではありません。しかし今のプログラミングブームは、④の理由が大きいのです、として理由が説明(省略)されている。


高校生についてみると、男子高校生では、1位「ITエンジニア・プログラマー」(20.8%)、2位「ものづくりエンジニア(自動車の設計や開発など)」(13.3%)、3位「ゲームクリエイター」(12.5%)、4位「公務員」(11.8%)、5位「学者・研究者」と「運転手・パイロット」(いずれも9.5%)となり、女子高校生では、1位「公務員」(18.8%)、2位「看護師」(12.8%)、3位「歌手・俳優・声優などの芸能人」(12.5%)、4位「教師・教員」(10.8%)、5位「絵を描く職業(漫画家・イラストレーター・アニメーター)」(9.8%)となりました。公務員や看護師は女子高校生に人気の職業となっているようです。
(上記表と説明は、ソニー生命保険株式会社2017年3月21日~ 3月27日による7日間、全国の中高生に対する「中高生が思い描く将来についての意識調査」のインターネットリサーチ結果。1,000 名(中学生200名、高校生800名)の有効サンプルの集計結果報告から)

当雑誌の第5章には「プログラミング教室に行く前に」として「プログラミング教育必修化に向けて親は何をしておくべきか」についてのインタビュー記事が載っており、続いて50余りの全国プログラミング教室ガイドが掲載されている。筆者は小1から髙3を対象とするスクール「プログラミングキッズ」を取材した。

プログラミングキッズ


プログラミングキッズ教室(溝の口校)の授業風景

6月30日、JR南武線溝の口駅と東急田園都市線が通る武蔵溝ノ口駅からバスで5分ほどのところに「かながわサイエンスパーク(KSP)」(神奈川県川崎市)がある。その一角に小学生を集めたプログラミング教室が開かれていた。

株式会社ナンバーワンソリューションズ(本社:東京都目黒区)が主催する同教室は、溝の口のほか、池尻大橋(目黒区)、二子玉川(世田谷区)、鷺沼(川崎市)で開かれている。池尻大橋では中高生を対象にした教室も開催している。溝の口校は第一、第三土曜日10時から12時までを小学校1年生から2年生まで(ベーシックコース)、13時から15時までを小学校3年生から6年生まで(アドバンスコース)の授業が行われる。各教室とも定員は10名。

子供たちにプログラミングの面白さを

見学したのは、小学校3年生からのアドバンスコース。高度なプログラム教育ではなく、いかに子供たちにプログラムについて興味を持ってもらい課題を乗り越えていくかの過程を見守っていくものだ。授業の過程としては、レゴ®マインドストーム®EV3やScratch、Viscuitといったソフトを教材として使用し、教室独自のカリキュラムを作成している。このカリキュラムがプログラミングキッズ教室のノウハウだ。特徴は、試行錯誤しながら課題の解決策を見出していく過程を、生徒自らが楽しく体験できることだ。教室担当講師堀内氏は「試行錯誤しながら、解決策を考え、進めることは、プログラミングの本質と考えています」と説明する。

実際、教室の様子は学校の授業風景のような雰囲気があるものの、子供たちは真剣に講師の言葉に耳を傾ける。講師の質問に直ちに答え、指示に従って行動する。2時間の学習時間は10分、40分、休憩10分、40分、15分、5分、と無駄なく流れる。

授業の流れ

見学した授業では、用意された車を動かすという作業をどうしたらうまくできるか、という基礎的な技術について、教室が製作したアニメキャラクター画像を通して子供たちに教えていた。

後半の授業では前半の授業を生かして実際に車を動かしてみるという作業だった。子供たちはやはり、前半よりも後半の車を動かす作業の方に、より一層生き生きとした表情で取り組んでいた。

直進、左折、右折、斜め、後進などいくつかの課題をクリアし最終的にはゴールを目指すというものだ。


一回で課題をクリアして笑顔の児童

一回で課題をクリアしていく児童もいれば、2度、3度と自分の席を行ったり来たりしながら、講師のOKをもらい満面の笑みを浮かべる児童もいる。「なんで、車がうまく動かないの」という児童がやってくるとその場で、スタッフが調整。それでも解決しないと席に戻って再確認。しかしプログラミング通りにいかないというハプニングもある。それでも焦らずに課題を解決しようとする姿は微笑ましい場面でもある。

授業の最後には、‘振り返り’を行い、それぞれの課題を点数化するなど、子供の興味を失わないような努力が行われていた。

株式会社ナンバーワンソリューソンズ

株式会社ナンバーワンソリューソンズの橋本進・専務取締役は「児童の2割は自前のPCです。もっていない児童には貸出しをしています」と話す。自前のPCとそうでない児童には若干の差はあるものの大きなものではないという。一方興味を持たせる工夫として「大切なところを残して、抽象化する」「意見や、質問を点数化して子供たちが意見をいっぱい言えるようにする」といった地道な取り組みで楽しく学べる。この日の出席児童の多くが手をあげていたのが実に印象的だった。

橋本氏は「スキルだけではないものを大切にしたい」と語り、単なるスキル追及のものではなく、そこに至るまでの過程を大切にしたい旨を強調した。

ビジョン「テクノロジーを通して世界平和を実現する」


株式会社ナンバーワンソリューションズ
代表取締役 面来哲雄氏

株式会社ナンバーワンソリューションズ代表取締役面来哲雄氏は「“プログラミング教育を通じて21世紀を生き抜く力を育てる”ことができるとの確信を得ました。プログラミングキッズをはじめプログラミング教室を通して、産業に結び付くエンジニアやプログラムを作る人材を独自に育成したい」との意欲を語った。更に「テクノロジーを通して世界平和を実現する」をビジョンとして掲げており、プログラミング教育導入パッケージが既に用意されていることで、ナンバーワンソリューションズ独自の教育スタイルは海外にも進出できる、という自信を示した。

エジプト、サウジアラビアはじめ中東諸国が日本の教育スタイルに熱い視線を向けている昨今、ナンバーワンソリューションズのプログラミング教育が中東諸国に新たな教育産業として、平和産業として進出できることを期待したい。


記事の続きは、電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2018年8月, 秋季号にて…