201408

ハマスの危険性を見抜いたエジプト・シシ政権の停戦調停に期待する

カイロ在住ジャーナリスト 南龍太郎

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2014年8月, 秋季号より


パレスチナ自治政府のアッバス議長(左)は、7月7日、カイロで、エジプトのシシ大統領と停戦実現の方策について話し合った。(www.newspakistan.pk)

6月中旬発生した今回のイスラエル対ハマスの大規模衝突は、パレスチナのイスラム根本主義過激派組織「ハマス」によるイスラエル人少年3人の誘拐・殺害事件に端を発した、と視られる。7月14日エジプト政府が提示した「停戦案」をイスラエルは受諾したがハマスは拒否。ハマスがイスラエルへのロケット弾攻撃を続行したことから、イスラエルは7月17 日夜ガザ地上侵攻に踏み切った。ガザからイスラエルに通じる、網の目の如く張り巡らされた地下秘密トンネルとロケット弾発射基地の破壊が目的だが、ハマスは住民を「人間の盾」として徹底利用したことから、犠牲者は増大。7月20 日現在のパレスチナ人死者数は370 人、負傷者は2,600 人に達した。イスラエル側の死者は10 人近くになる中、戦闘が今後いつまで続くのか、全く予想がつかない状況になりつつある。

エジプト政府による「停戦案」


停戦案受け入れの用意があるイスラエルのベンジャミン・ネタニヤフ首相

エジプトが14 日に提示した「停戦案」は、「①イスラエルによるガザ空爆と、ハマスによるイスラエル向けロケット弾攻撃を15 日午前9 時に無条件で停止する。②双方の代表が48 時間以内にカイロで協議を開始し、本合意を目指す」となっている。加えて「停戦案」はハマス側に配慮し、ラファ検問所の通行許可を条件付きで認める、という内容だった。

ハマスは16 日に正式に停戦案の受け入れを拒否した。ハマスのエジプト政府に対する不信感が理由と見られている。現エジプト政府は、ハマスの母体であるイスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」を支持基盤とするモルシ前大統領を、「アラブの春革命を乗っ取って、治安悪化を招来させ、急激なイスラム化による強権色を強め、経済無策により観光業停滞などを主因とした経済悪化を招いた元凶」としてその大統領権限を剥奪、更に同胞団の幹部らの大量逮捕に踏み切った。したがって現エジプト政権とハマスとのパイプは皆無に近い状態だ。そのような中で、エジプト政府は「市民の犠牲は誰も望まない。歴史的責任と平和を求める立場から仲介を行う」、として調停に臨んだ。しかし、ハマスが停戦を拒否した更に重要な理由は、「戦闘の継続・強化により、アッバス現議長を支えるファタハ以上の反イスラエル闘争姿勢を誇示することにより、最終的に同議長を追い出し、ヨルダン川西岸を含む全パレスチナをハマス支配下に置きたい」という野望にあるとも見られている。

ガザのエジプト境界線解放をめぐる攻防

ハマスの現実的な要求としては、四方を封鎖された状態のガザ地区の改善、願わくはエジプトとの境界線だけでも解放され、自由な通行・交易が出来るようにしたいということが本音だ。

エジプト現政府は、モルシ前政権と蜜月にあったハマスが、食糧はおろか武器・弾薬類まで(リビアからも大量の武器が密輸された)調達するのに利用した数百本の(注)密輸用地下トンネルを「有害」として完全に破壊した。


ガザ地区ラファの密輸トンネル
(Wikimedia Commons/Marius Arnesen)

かつてハマスはトンネルを通じ食糧・武器だけでなく、ハマス戦闘員らをエジプトに大量に送り込み、2011 年の革命時モルシ氏らが収監されていた牢獄を解放、エジプトをムスリム同胞団化するために暗躍した。このことをよく知る現エジプト政府は、国内のムスリム同胞団とハマスの関係を断ち切るため、ラファ検問所付近のトンネル全てを破壊している。


ラファ検問所。西岸とガザのパレスチナ統一政府が管理すれば恒常的に開放する、とエジプト高官が発言。(2014年6月5日)

エジプトの停戦案には、エジプトとの境界線解放の具体性が含まれていなかったことがハマスが「停戦案」を拒否した現実的理由と見られている。

しかし、エジプトのシシ大統領は、ハマスとその母体であるムスリム同胞団の本質を良く知る人物として、過去の過ちを二度と繰り返すことは出来ず、ラファ検問所と周辺から完璧にハマスを追い出す姿勢を堅持すると見られる。

ハマスの問題点

ハマスは、イスラム主義を掲げるパレスチナの政党で、1987 年12 月アフマド・ヤシーンによって、ムスリム同胞団のパレスチナ支部を母体として創設された。母体であるムスリム同胞団は「世俗法ではなく、イスラム法によって統治されるイスラム国家の確立」を目標としており、ハマスが目指す国家もイスラム国家で、イスラム法に固執する。

しかし実態は、同胞団パレスチナ支部の武装闘争部門として結成された。したがって武力使用に何ら抵抗感はなく、自爆を含むテロを過去多用してきた。現在のガザも選挙によるとはいえ武力を背景により支配したと指摘される。従って、米国やイスラエルはハマスをテロ組織と指定している。

今回の衝突を通じ、ハマスのテロ体質が浮き彫りにされたことだ。その第1は、ハマス幹部は衝突発生と同時に、住民を置いたまま真っ先に姿をくらまし、地下に潜伏したことだ。

第2は、ロケット砲を、民家や学校、病院、人口密集地に意図的に設置していたことだ。

これらの事実は衝突からガザ住民を護る姿勢を感じ取ることはできない。住民を「人間の盾」として利用し犠牲を何とも思わない「テロ体質」と受け取らざるを得ない。

イスラム過激派の拡がり

国際社会はハマスが停戦交渉に応じる事を望んでいる。自衛権を主張するイスラエルに対してアメリカもその軍事行動に対し限定を促すのみであり、エジプトは差し出した交渉のテーブルにハマスがつくことを希望し、アッバス議長もこれ以上のガザ住民の犠牲を願わないであろう。

ハマスも国際テロ組織アルカイダやタリバン、ボコ・ハラム、最近国家樹立を宣言した「イスラム国」、ソマリアのアルシャハブ等と同一視されることを望まないのではなかろうか。

(シリア・イラク)「イスラム国」については、イラク第2の都市モスルのキリスト教徒に対し、改宗するか、人頭税を支払うか、モスルから出て行かなければ「残されるものは剣しかない」として“ 殺害” を示唆した、と伝えられた。「剣かコーランか」を想起させる時代錯誤的戦略による国家樹立はイスラム社会に分裂と内戦をもたらすのみとみなされる。

エジプト仲介の停戦調停に期待する


ガザ地区の地図

現在、イスラエルとハマスの闘争に出口は見えていない。仲介役の一端を担うべきアラブ連盟は現在、ハマス支持のカタールと反ハマス・反ムスリム同胞団のエジプトやサウジアラビアが対立関係にあり、統一見解を出すことは至難の業だ。

過去ムスリム同胞団に肩入れしてきたオバマ大統領も、同胞団とハマスの本質と危険性を認識した現実外交に転換する必要に迫られている。また、エルドアン・トルコ首相は、シシ大統領を批判しパレスチナ側に立った停戦交渉を主導しようとの意図が伺われるが、イラク内戦を食い止める努力のほうが喫緊の課題ではなかろうか。

このような中東情勢のなかで、ハマスの本質と危険性を戦いの中で見抜き、イスラエルとも歴史的に良好な関係を築いてきたエジプト大統領による仲介が、アラブ連盟の限界を超えてなされることが好ましと言える。

米国も国連も欧州諸国も、新大統領下のエジプトを評価し、シシ大統領の停戦仲介を支持せざるを得ない状況になってきたと言えるのではなかろうか。(7月20日記)

(注)密輸用地下トンネル
昨年モルシ大統領の権限を剥奪したエジプト軍は2013年8 月23 日までに、エジプトとパレスチナ自治区ガザ間の地下に掘られた密輸用トンネル343 本を破壊した。24日にはさらに52 本を破壊した。ガザ地区とイスラエルとの境界はイスラエルによる封鎖が続く中ガザにとってエジプトからの密輸トンネルは経済の生命線ともされていたが、暫定政府はガザ地区からの武器や過激派のシナイへの流入を警戒しての断行であった。エジプトへの「表玄関」に当たるラファ検問所もエジプト当局により閉鎖された。その後エジプト国内の治安回復に従いラファ検問所の通行は緩和された。


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