シシ大統領の過去4年間の成果と次期4年間の展望
アル・アハラム政治戦略研究所研究員モハメド・ファラハト氏に聞く
カイロ在住ジャーナリスト 南龍太郎
電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2018年5月, 夏季号より
文明発祥の国、若者の比率の高い人口9,500万人を抱え、現在も中東地域に隠然とした影響力を持つ大国エジプト。3月下旬に行われた大統領選挙ではシシ現職大統領が国民の大半の支持を得て大勝した。同政権の過去4年間の実績と成果を振り返りつつ、同大統領による今後4年間の中心的政策を展望を聞いた。
Ⅰ.シシ政権の過去4年間の実績と成果
第一は政治の一大改革を成し遂げたこと
アル・アハラム政治戦略研究所 モハメド・ファラハト研究員
アル・アハラム政治戦略研究所研究員のモハメド・ファラハト氏は、イスラム法の適用による国家と世界のイスラム化を標榜した前政権すなわち‘モルシ前ムスリム同胞団政権’によって毒された一切を除去し政治の一大改革を成し遂げたこと、を挙げた。
具体的には、(脚注)2013年の6月革命後、同胞団政権によって間違った方向に変えられた憲法を改正し、国民世論をリードし、議会選挙を行い、その後大統領選挙を挙行した。そのことによって国家の基本的な骨格を創り上げることに成功した。
第二は、シシ大統領が国家の概念を再構築したこと
シシ大統領
具体的には、全ての組織や機関が‘互いに尊敬すること’をベースに強く団結し、全ての個人と機関・組織は‘国家のために自らを捧げる’ことを受け入れるべきとした。つまり自分の利益だけに関心を持つのではなく、常に国家に奉仕することを優先する姿勢を確立したことだ。
現に、シリアやイエメン、リビアなどの内戦に陥った国では、全ての政治勢力が国家に対して挑戦しており、そのことにより国家は完全な崩壊へと向かっている。
しかしエジプトの状況は正反対で、全政治勢力が国家の為に犠牲となり貢献することにより、各組織や機構も強くなることを理解した。
今回の大統領選を通じ、国民はエジプト社会が混乱することを嫌い、国家を支持し、エジプトが安定を保つことを選んだ。
第三は、経済と社会を発展させたこと
アジアとヨーロッパを結ぶスエズ運河で、船の通過に掛かる時間を短縮する為の拡張工事が完了。
モルシ同胞団政権樹立のきっかけとなった「アラブの春」による2011年の1月革命後、全てのエジプト人は政治ばかりを考え、社会や経済の発展について関心を払わなかった。しかしシシ大統領がこの4年間毎日のように経済社会問題に焦点を合わせた演説をしたことにより、一般の人々も経済や社会の発展について語るようになった。
シシ大統領は巨大な国家発展プロジェクトを一分野にだけでなく、工業、石油、道路、漁業、など各分野に展開した。地域においても、特別な地域に対してだけではなく、上エジプト地方、スエズ運河西部、シナイ半島などエジプト全地域に展開している。人口過密による都市機能減退打開の為の首都移転プロジェクトなどは、その一大事例だ。
ムバラク政権時代、何度もシナイ半島の開発についての話を聞いてきたが実際には何も変わらず孤立した地域のままとなっていたが、現在のシナイ半島は発展しエジプトの他の市と経済的に深く結びつくようになった。これは4年間での偉大な成果と言える。
第四は経済改革だ
人口の爆発的増加により、首都機能が低下することを見越し、現在の首都カイロとスエズの中間に新首都を建設する予定。
この問題は何度も延期されてきたが、シシ大統領は「真の経済改革を始めよう」として固定相場制から変動相場制への移行を断行したのだ。これは大きな挑戦であったが、「全てのエジプト人と政治勢力は、この改革をよく理解している」と明言した。変動相場制への移行により、国民は厳しい立場に立たされたものの経済の実態を正しく知る様に成り、闇市場が無くなり、健全な経済社会が営まれ始めたと大方の評価だ。
第五は、テロに対する戦いを達成したこと
対テロ作戦でシナイ半島に展開したエジプト軍(エジプト国防省提供)
これは最も偉大な達成で、テロを撲滅し、テロの温床との戦いを挑んでいる。
更に重要なことは、政治的なイスラム神話を除去したことで、イスラム主義を掲げる政治的イスラム運動を押さえ込んだことだ。彼らを治安上でコントロールしただけでなく、社会的・政治的な生活上においてもコントロールしたのだ。
具体的に言えば、過激派はエジプトの一般人に向かって自分を過激派として英雄気取りすることが出来なくなった。たとえ彼らが勧誘しても、デモへの動員には繋がらず、街頭やモスクで話すことも困難になった。つまりエジプト人一般と話すいかなる能力も無くなったと言える。
これはシシ大統領の偉大な成果で、全てのエジプト国民がこの変化をはっきりと認識している。テロリストの完全追放は観光業の復活をももたらしつつある。
アラブ・中東地域への貢献
以上の4年間の実績は、国内のエジプト人に良い効果をもたらすとともに、アラブ・中東諸国にも良い効果をもたらした。
エジプト国民は、エジプトという自国が近隣アラブ諸国とイスラム諸国の治安維持にいかに重要な役割を担っているかについて理解するようになった。例えば、エジプトがサウジアラビアや湾岸諸国と協力してカタールを排除しテロをコントロールする事や、シリアとイエメンをアラブ穏健国家群とともにカタール・トルコ・イランから守り治安維持に努めている事に対する理解だ。
エジプト訪問を終え、空港でシシ大統領と固い握手を交わすサウジのサルマン国王= 2016年4月11日 (pressTV)
又アルジェリアやチュニジアと協力してリビアを助ける為にエジプトは重要な役割も果たしている。つまり、エジプトがテロを国内でコントロールすることだけを考えているのではなく、中東地域全域におけるコントロールを考えているということをそれらの国が正しく理解するようになりエジプトの役割に感謝しているのである。なぜならISは多くの国に拡散しているので、エジプトの挑戦がアラブ・中東地域への貢献になっている事を知ったからである。
貢献のために必要な経済力と宗教改革
これらを達成するための膨大な費用がインフレを呼んだので、エジプトは変動相場制に転換した。
インフレ問題の解決には2つのタイプがある。1つは価格を次第に上げていく方法で、もう1つは政府が突然価格を上げるショック療法だが、エジプトは、一気に経済改革を完成させるために、第2のタイプを選んだ。そのことにより物価が軒並み高騰したが国民は理解を示すようになった。
シシ大統領の願いを受け、イスラム教スンニ派の総本山アズハルがイスラム教育の不充分さを自覚、暴力否定の穏健なイスラム教育の開始を内外に披露した大会を開催
またエジプト改革で見逃すことができないのはシシ大統領が推し進める宗教改革だ。
同国のイスラム指導者に対し宗教改革の必要性を訴え迫ったことだ。
過去のイスラム関連書籍から暴力を正当化する文章を全面削除し、盲目的聖戦主義者を良識あるイスラム教徒に転換させる教育を全国に徹底的に実行するよう要請した。モルシ政権時代にイスラム主義を掲げた結果、人口の一割を占めるコプト教(エジプトのキリスト教)と関係が悪化したことについて、シシ大統領は信教の自由を尊重・保証し、コプト教会を何度も訪れて関係正常化に努力した。逸脱したイスラム主義から軌道を修正し、国民に信教の自由を保証した。
Ⅱ.次期4年でシシ政権は何をするのか
モハメド・ファラハト氏は、シシ政権が今後の4年間で実行する政策について、主要な3点を挙げた。
第1点:前4年間でやり始めた国家プロジェクトを完全に完成させること
すなわち首都の移転、それに伴う新首都空港の建設、上エジプト地方やスエズ運河西部、シナイ半島などのプロジェクトを完成させることに集中することになる。工業、石油、道路、漁業、など各分野のプロジェクトの完成にも集中することになる。
大統領選中にインタビューしたある企業経営者は、「道半ばの大統領を応援したい」と語っていたが、まさに途上にある各プロジェクトの完成を期待してのことだ。
第2点:健康分野での改善
病院には多くの患者が並ぶ風景が見られる。これはアシュート県内の一病院の様子
エジプトで感染拡大しているC型肝炎などに対し、強力に対応できる医療体制の確立が急がれている。また心臓病や糖尿病患者も多く、貧しい患者が列を作って並ぶような病院制度の改善や病棟増築、新規病院の建設が急務となっている。シシ大統領は、全ての患者に薬を安く提供できることも含め、医療体制の確立に鋭意取り組む意欲を示している。先ず現状の調査と巨額の投資を必要とすることから、プロジェクトを作り、困難な課題に挑戦することになる。
第3点:教育の分野
人口の増加がもたらす学校不足、1クラスの定員増、教員ヘの低給料がもたらす教師不足による学級崩壊(教師は教室には現れず自習にさせ、自分は給料の多い塾に出かけることが日常茶飯事)など、教育現場を巡る問題は山積している。教室の前で発表するように言われた生徒が、移動のスペースもないほどギュウギュウの教室故に、土足で机の上を歩いて前に出るという。これでは道徳も礼儀も育たない。
崩壊した教育の体制立て直しに向け、日本式教育の導入を決めたシシ大統領。掃除をする生徒達
シシ大統領は、危機感を抱き、教育改革の一環に日本式教育の導入を決定した。大統領は、日本人を‘歩くコーラン’と形容し、「コーランは知らないが、コーランの教えを実行している人々だ」と高く評価している。勤勉な姿勢や礼儀正しさ、謙遜さ、時間を守る、思いやりなどの徳目を自然体で行動できる日本人を見ているからだ。
先ずパイロット校で実験を重ね、来年9月を目途に、約200校に、特活(特別活動:掃除や日直、運動会、学芸会などの活動を通じた人格教育)を含む日本式教育を施す計画だ。
崩壊した教育システムを新たに立派に蘇生させ得るのか、日本式教育の真価が問われている。エジプトの将来の発展を見つめた、地味ながら着実な実りが出るよう期待される。
記事の続きは、電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2018年5月, 夏季号にて…
脚注
2013 年の6月革命
モルシ同胞団政権追放の6月革命時に、キリスト教とイスラム教など諸宗教が、モルシ氏の追放を叫ぶ。