‘テロとの戦争’を克服して始まる建設の道(上)
NPO法人サラーム会会長 小林育三
電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2024年11月, 秋季号より
2023年10月7日、ガザでのハマス・PIJ(イスラム聖戦)によるイスラエルへの大規模攻撃から1年以上経過した。イスラエルのネタニヤフ首相は突然の越境大攻撃を‘戦争状態’と表し、直ちに戦時体制を敷きイスラエルの自衛権発動に踏み切った。そしてIDF(イスラエル・国防軍)によるガザ攻撃を決定した。2001年9月11日のアルカーイダによる米同時多発テロ直後、当時の米ブッシュ大統領が‘テロとの戦争’を宣言したことが思い起こされた。
1年を越える‘テロとの戦争’を振り返り、その戦いを克服してこそ始まる建設の道を考察したい。
Ⅰイスラエル戦時内閣の基本戦略とIDF(イスラエル国防軍)の軍事目標
イスラエル戦時内閣の基本戦略は、戦争状態を克服し、人質の解放とハマス・PIJ戦闘員の一掃、ガザ統治の再検討への道筋をつけること、の三点と思われる。そしてIDFの目標は人質全員の解放と戦闘員の殲滅とテロ組織の壊滅であろう。
1,大規模テロ攻撃から40日で超えた’戦争状態’
1)ハマス・PIJの越境大規模テロ攻撃
⓵大規模攻撃

2023年10月7日、イスラエルとガザの国境フェンスを越えるハマスのテロリストが目撃されている Kan TV のスクリーンショット、(THE TIMES OF ISRAEL 2023年11月1日 19時57分著作権法第27a条に従って使用)
今回のテロが2014年のガザ紛争とは異なる、と気づかされたのはその規模もさることながら戦闘員が70名以上分離壁を越えて越境侵入してきた、というニュースを知らされた時だった。5000発を超えるロケット弾、パラグライダーによる空からの侵入、ボートによる海からの侵入、いずれも本格的なイスラエル攻撃が突如として起こったことを思わされるが、3000人のテロリスト(11月1日The Times of Israel)が戦闘員としてオートバイに乗って越境攻撃にくりだされたということは内乱を起こす計画に違いないと思わされた。
ARABNEWS Japanによれば、ハマスの最高指導者ハニヤ氏は、ガザ地区での戦いをヨルダン川西岸地区とエルサレムにも広げる、と10月7日朝に述べている。ハマスの軍事部門トップのムハンマド・デイフ氏は、7日の攻撃は「アル・アクサの嵐」作戦の開始だとし、東エルサレムからイスラエル北部までのパレスチナ人に戦闘への参加を呼びかけた、と報じている。

ハマス指導者、イスマイル・ハニヤ氏。(ロイター/ ファイル)
突破された7 か所の検問と襲撃された地点の地図と侵入したパレスチナ武装勢力の様子とされる動画のスクリーンショット。
②ハマスの前最高幹部マシャル氏は全世界のイスラム教徒に「対イスラエル戦争への参加」を呼びかけた
ハマスの前最高幹部でありハマスの創設メンバーであるハリド・マシャル氏は10月13日金曜日に「アル・アクサ洪水の金曜日」と呼ばれるメッセージが世界に向かって発せられるとした。具体的な怒りのメッセージの内容は、イスラム教徒・ハマスへの財政支援、破壊を補償するためにガザへの戦闘機供与、イスラム教徒の国々からイスラエルのガザへの軍事侵攻をやめるように政治的圧力を加えること、そして何よりも重要なことはすべてのイスラム教徒がシオニストとアメリカに怒りを示す=ジハード、つまり殉教者になることを呼びかけた。
ハマスは「パレスチナ問題の解決はジハード(テロ、暴力蜂起)によるしかない」としている。ハマスの運動論はイスラム抵抗運動とされ、彼らの信条はハマス憲章に記されたイスラム的イデオロギーからきている。(参照:ハマス憲章第13章)
第13章 パレスチナ問題の解決のためのイニシアティヴと、平和的解決、国際会議と呼ばれるものは、イスラーム抵抗運動の信条と相容れない。パレスチナの一部を放棄することは、宗教の一部を放棄することである。……(中略)……イスラーム抵抗運動は、会議がそこから構成されているところの諸勢力、ムスリムの大義に関する彼らの過去と現在の立場についての運動の認識から、この会議には、要求を実現し、権利を回復させ、あるいは抑圧された人々を公正に扱う力があるなどとは思わない。……(中略)……・・・・パレスチナ問題の解決は、ジハードによるしかない。
③無差別テロと誘拐

BBC NEWS Japan(動画説明)ガザ地区との境界付近で開かれていた野外音楽フェスティバルに参加していた女性が連れ去られる様子(写真は動画の一場面をスマホ撮影)
右の写真はハマスが10月7日に行われたイスラエルへの奇襲攻撃のための武装演習で2020年から繰り返し行われており、動画映像はハマス宣伝のためにソーシャルメディアに投稿していた、という。人質獲得は、戦利品としての金銭目的、人質交換、人間の盾としてテロ組織の戦略の重要な部分を占めている。今回の場合は、ガザのトンネルに引き入れIDFの反撃を鈍らせ・遅らせ、ひいては人質の生命を盾にした救出世論をイスラエル内に引き起こしイスラエル政権を打倒するのが目的である。
④IDFとの戦争を3か月持ちこたえ膠着状態になった時、レバノンのヒズボラ、シリア内のイラン革命防衛隊、イェメンのフーシ派による船舶拿捕、さらにはイランからのミサイル攻撃、という具合に戦火は拡大される計画であった、と思われる。

BBC News2023年11月29日【検証】「 ハマスはいかに10月7日のイスラエル攻撃を準備したのか」動画のスクリーンショット

BBC News 2023年11月29日【検証】 「ハマスはいかに10月7日のイスラエル攻撃を準備したのか」動画のスクリーンショット
攻撃計画の主体はガザにいるハマスとイスラム過激テロ集団であったことは間違いないが、戦火がヨルダン川西岸地区に飛び火すれば、シリアのイラン革命防衛隊「コッズ部隊」に広がりレバノン南部のヒズボラとの二正面戦争に拡大することは充分考えられた。
2)イスラエルの反撃
⓵イスラエル戦時体制、戦時内閣、自衛権発動によるイスラエル国防軍(IDF)

「われわれは戦争状態にある」との声明を出すイスラエル ネタニヤフ首相(写真は2023 年10 月7日NHK 国際ニュースナビより)
イスラエル・ネタニヤフ首相の事態掌握は早かった。そして直ちに‘戦争状態’にあるとの声明を発した。いうまでもなく、戦争と戦争状態は違う。ハマスは国家でもなければパレスチナを代表する政府でもない。しかし事態は‘戦争状態’だとした。2014年に起こった50日間のガザ紛争でもない、との認識を声明でいち早く全国民に伝えたのである。
イスラエルは数年間少数政党による連立内閣を繰り返しリクード率いるネタニヤフ政権も不安定な政権運営の中にあった。そこで彼は直ちに戦時体制を敷き、戦時内閣を結成し自衛権を発動した。戦時内閣は戦争状態をいかに食い止め、克服するか?人質解放作戦はいかにあるべきか。イスラエル国防軍(IDF)の目標をどこに定めるか?基本戦略の決定とIDFの戦闘目的を決定することは焦眉の急であったに違いない。
②アメリカの後ろ盾を得ること

米空母CVN-78 ジェラルド・R・フォード(ウィキペディアより)
イランがハマス攻撃計画にどのようにコミットしてくるかは最大の問題である。いつの時点に攻撃に加わるかは、ハマスの計画に対する同意の程度によると思われる。だとしても最悪のシナリオを想定して抑止することは当然であり、イスラエルはバイデン大統領に電話で事態を詳細に説明し認識の共有を図ったことは言うまでもない。その結果10月8日、オースチン国防長官は「イランがこの地域の不安定な状況につけ込むことを抑止する」として最新鋭の空母「ジェラルド・フォード」を中心とした空母打撃軍をイスラエル沖の東地中海に派遣すると発表した。同じ8日バイデン大統領はネタニヤフ首相との電話会談で「テロリズムを正当化するいかなる理由もない」と強調した。
③自衛権発動によるIDFのガザ侵攻、ハマス壊滅と人質解放

イスラエルの空爆を受けたガザ北部ジャバリア難民キャンプには大きなクレーターができた=キャプションと動画スクリーンショットは2023 年11 月1 日BBC NEWS Japanから
ガザは2007年以来ハマスによる実効支配が続いている。暫定自治政府PAの政治的コントロール下にはない。またイスラエルの軍隊は2005年にガザから撤収しており、イスラエルの治安警察力も及んでいない。このようなガザに250名以上が誘拐され人質となっているとすればどのように解放することが可能となるか?2016年のガザ紛争の経験からガザには張り巡らされた地下トンネルがあり、病院や学校にもそのトンネルは通じている。人質は各所に連れ去られ拘束されているに違いない。ガザ侵攻によるイスラエル兵士の犠牲を最小限にとどめる戦いはどのようにあるべきか?
そこで出された結論はハマスとの全面戦争だ。それは得られたハマスの拠点情報を空爆しつつ全面的に軍事侵攻する以外にない。軍事的攻勢あっての人質解放しかない。空爆による国際世論の大々的反発が巻き起こることは承知の上で、ガザ住民の南半分への避難勧告を発令した。
イスラエル軍(IDF)のダニエル・ハガリ報道官は31日の記者会見で、同軍の戦闘機がジャバリア難民キャンプを攻撃し、イブラヒム・ビアリ司令官を殺害したと発表した。そしてIDFは空爆と地上作戦による1か月の戦闘でガザ北部のハマスの支配状態を失わせたと発表した。その後11月下旬の7日間の戦闘休止により、110人の人質が解放された。
10・7ハマスの大規模攻撃は奇襲攻撃と言ってよく、突如イスラエルに戦争状態をもたらした。この戦火はヨルダン川西岸地区、シリア、レバノン、イランへと拡大する可能性を秘めていた。ハマスの目論見はそこにあったし世論はイラン・イスラエルの衝突により新たな中東戦争を危惧した。当事者のイスラエルはその火種であり火薬庫であるガザ侵攻を直後に決断した。その決断は正しかった。拡大の火の粉を抑止したからだ。また米空母打撃軍の到着はイランの参戦を決定的に抑止した。
40日での攻防でガザ北半分を制圧し人質解放につながった。
2.ガザ戦闘第2段階

2024年2月16日BBC NEWS Japan の動画スクリーンショット
IDFは7日間の戦闘休止後、12月5日、「戦闘第2段階」を開始した。ガザ地区北部の複数の学校近くでIDFは250か所以上を空爆しハマス戦闘員との激しい戦闘を実行し、ハマス司令官の半数を殺害した、と報じた。また地下トンネルに通じる縦坑・武器を発見しハマス壊滅は順調に進んでいる、との見方を示した。
⓵休戦交渉

2024年3月11日(月)午後3:45NHK スクリーンショット
2024年に入って、休戦交渉は両者の条件に隔たりがあり、進展はストップ。
・イスラエル側:6週間の戦闘休止+人質解放(135人全員)
・ハマス側:恒久停戦
イスラエルは「軍事的攻勢あっての人質解放」の基本戦略の下、IDFはハマス壊滅への攻勢をひたすら進めた。1月にはガザ北半分のハマス掃討作戦を一段落させ、重点を南部ハンユニスに移動させた。ハンユニス最大病院ナセル病院だが、IDFダニエル・ハガリ報道官は「解放された人質から、ハマスはハンユニス病院に人質を拘束している、という信頼できる情報を多数得ている」と発表した。
IDFは2月1日にはハマスのハンユニス大隊を解体したことを発表した。
一方2月に入るとハマスがラファからトラックで搬入される支援物資の支給場所を襲い物資の強奪された。そこでのイスラエル軍との銃撃戦が生じ、イスラエルはラファ検問所からの物資搬入を一時ストップし新規ルート開拓を余儀なくされた。これに対しバイデン大統領は3月8日「ガザ人道支援の先頭に立ち、食料、水、医薬品、仮設シェルターを積んだ大型船受け入れの仮設埠頭をガザ海岸に設置する」と発表している。
②ガザ南部ラファ地上戦開始
5月8日夜、ラファで限定地上戦が開始された。限定とは、ハマスの軍事施設への攻撃を指す。地上侵攻はハマス壊滅への掃討作戦であると同時に分散されて拘束されていると思われる人質救出作戦だ。確かな情報の下に実施される慎重な作戦だ。6月6日、ガザ中部ヌセイトラ学校への空爆は問題の一例だ。その学校は国連運営の学校であった。その空爆後グテレス国連事務総長は「民間人が代償を払う恐ろしい事例だ」と非難の声を上げると米国務省のミラー報道官は「ハマスが民間施設に潜伏している」と6月17日にはIDF はハマス4 大隊のうち2 大隊を解体したと発表した。すでに550人以上の戦闘員を殺害した(遺体確認)とし、8000人以上の戦闘員の多くは市民に紛れて逃走した。人質は残り120名、うち40名は死亡している予想、と発表した。
7月13日、IDFは要人標的攻撃を実施し、ハマス軍事部門トップ、ムハンマド・デイフ氏が死亡した。
7月24日、ネタニヤフ首相が米議会で演説し次の3点を強調した。
・イスラム組織ハマスの軍事・統治能力、破壊の必要性
・南部から北部へ帰還する対象者の身元検査の必要性
それに対し、米議会は、ガザ戦後の統治をめぐる具体案の早期策定を要求した。
③ 7月31日、ハマス最高幹部ハニヤ氏、イランで殺害される。

2024年7月31日BBC NEWS 死亡する数時間前の映像(音声無し)の一画面2024.10.24 スマホ撮影
2024年7月31日、BBC NEWSはハマス最高幹部ハニヤ氏がイランで殺害されたことを伝えた。BBCによると、ハニヤ氏はテヘラン市内の退役軍人関連に滞在しており、31日午前2時ミサイルで攻撃され護衛とともに死亡した、と伝えた。右の写真は死亡する数時間前の映像として紹介されている。
真相の詳細はいまだ明確ではないが、死因はハニヤ氏寝室のベッドの下に仕掛けられた爆弾の爆発によるとされている。