過激イスラムと左派思想が煽る反ユダヤ主義
在米ジャーナリスト 山崎洋介
電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2024年2月, 春季号より
昨年10月7日のイスラム組織ハマスによるイスラエル攻撃以降、欧米の大学キャンパスなどで反ユダヤ主義に基づく暴力・脅迫事件などが急増している。この背景について、専門家は、過激イスラム主義と左派思想の結びつきがあると指摘する。
イスラエル非難と反ユダヤ主義事件の急増
ハマスによる攻撃の直後、米大学では攻撃を受けた「被害側」であるはずのイスラエルを一方的に非難する主張が相次いだ。ハーバード大学の30以上の学生団体が署名した書簡を発表し、「責められるべきはアパルトヘイト(人種隔離)政権だけだ」とし、イスラエルに「すべての暴力に対する責任がある」と糾弾した。
また、コーネル大学では、歴史学の教授が同月15日にニューヨーク市で行われた集会で、ハマスによる虐殺を「爽快で元気づけられる」出来事だと表現し、後に謝罪に追い込まれた。
こうした中、反ユダヤ主義に基づくとみられる事件は急増している。ユダヤ人の権利保護団体、名誉毀損防止同盟によると、昨年10月7日のハマスによるイスラエル攻撃からの3カ月で、米国における反ユダヤ主義的事件は3283件に上り、前年同時期と比べて360%も増加した。これには、身体的暴行(60件)、破壊行為(553件)、言葉や文書による嫌がらせ(1353件)などが含まれる。
反ユダヤ主義を助長するDEIプログラム
反ユダヤ主義を助長していると指摘されるのが、全米の大学に広がっている「多様性の公平性と包括性」(DEI)プログラムだ。これは、差別を排除する環境づくりを目指すものとされているが、実際には白人学生への差別的扱いや過激な左派思想を押し付けが行われているとして保守派たちは強く反発している。
「DEIは、世界は抑圧者と被抑圧者に二分されている、という確固たる信念に基づいている。ユダヤ人は抑圧者に分類され、イスラエルは大量虐殺を行う植民地主義国家であるという烙印を押されている」。カリフォルニア州のデアンザカレッジでDEI責任者を務めていたタビア・リー氏は、昨年10月18日のニューヨーク・ポスト紙への寄稿で、こう告発した。同大の方針に異議を唱えたところ解雇されたと訴えるリー氏は、「有害なDEIイデオロギーは、イスラエルとユダヤ人に対する憎悪を意図的にあおっている」と批判した。
反ユダヤ主義
ユダヤ人を「抑圧者」と断じるこうした思想は、どこから来たものなのか。これについて、昨年11月に筆者のインタビューに応じた、「世界反ユダヤ主義政策研究所」の所長であるチャールズ・アシャー・スモール氏は、フランクフルト学派(新マルクス主義の源流の一つ)の思想を継承する哲学者の故エドワード・サイード氏の名前を挙げた。
エドワード・ワディ・サイード(إدوارد سعيد Edward Wadie Said, 1935年11月1日 – 2003年9月25日)は、パレスチナ系アメリカ人の文学研究者、文学批評家。フランクフルト学派 (2002年の写真左がエドワード・ワディ・サイード、ウイキペディアより)
サイード氏は、シオニズム(ユダヤ人の祖国建設運動)のイデオロギーが「パレスチナ・アラブ人の声と歴史を消し去った西洋の帝国主義の延長」であると主張。ホロコーストの犠牲者であったユダヤ人が、パレスチナ人に対しては「加害者」になったという見解を示した。
サイード氏は、パレスチナ人であるにも関わらず、自らを「最後のユダヤ系知識人」だと自称した。一方、当時のユダヤ系知識人たちについて「パレスチナ人の非人間化、悪魔化」し、イスラエルを支持することで、ユダヤ国家がパレスチナ人の生活を破壊する手助けをしたとして非難した。
サイード氏の反ユダヤ主義を後押ししたオイルマネー
スモール氏によると、当時の人々は、サイード氏のこうした考え方について、やや正気ではないと考えたが、時間が経つにつれて徐々に影響力を持つようになった。そして、イスラエルの建国自体を植民地主義的な取り組みと見なし、ユダヤ人についても「パレスチナ人を抑圧する植民地主義者」だとする見方が今、米国の大学などで広がっている。
スモール氏は、これを後押ししたのが、オイルマネーによる豊富な資金を持つカタールなど中東諸国から米大学への巨額の支援だと語る。世界反ユダヤ主義政策研究所による調査は、2001年からの20年のうちに、カタールから米国の大学に約50億㌦もの資金が流れ込んだことを明らかにした。カタールの影響により、大学が教授職を提供し、研究所を設立し、出版部門が支配されていくことで、反ユダヤ的な言説が大学で広まっていったという。
欧州の反ユダヤ主義とナチズムと曲解したイスラム教義を融合させたムスリム同胞団
チャールズ・アッシャー・スモール博士:チャールズ・アッシャー・スモール博士は、カナダのケベック州モントリオールに生まれ、オックスフォード大学で博士号を取得し、ロンドン大学、ベングリオン大学、テルアビブ大学、ヘブライ大学で教鞭を執った。オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジで哲学博士号(D.Phil.)を取得。グローバル反ユダヤ主義・政策研究所の創設者兼所長です。また、オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジの研究員、モシェ・ダヤン中東・アフリカ研究センター、テルアビブ大学ハルトグ政府政策大学院の上級研究員。2010年8月、ニューヘイブンで、スモールは新たに設立された国際反ユダヤ主義研究協会(IASA)の会長に選出された。 (ウィキペディアより)
このカタールと深い関係にあるのが、約100年前にエジプトで設立されたイスラム組織ムスリム同胞団だ。スモール氏は「カタール王室の知的・精神的指導者であり、カタールは本質的にムスリム同胞団」だと指摘。さらにムスリム同胞団は、「欧州の反ユダヤ主義やナチズムを取り入れ、曲解されたイスラム教の教義と融合させた。彼らは世界中のユダヤ人の殺害や滅亡を呼び掛け、民主主義社会を破壊してカリフ(預言者ムハマンドの後継者)制に置き換えようとしている」と非難した。
イスラエルに対する残忍な攻撃を行ったハマスもムスリム同胞団を母体としている。また、ムスリム同胞団の理論的創始者たちはイランの指導者たちから尊敬を受けているという。
カタールからの多額の資金提供を受けてきた米大学では、ユダヤ人は「白人至上主義者」「植民地主義者」「ナチス」などとする言説が広まった。これについて、スモール氏は、イスラム過激派と極左勢力による「赤(共産主義の象徴)と緑(イスラム教の象徴)の同盟」と呼ぶ。
スモール氏は「イスラム過激派は、米国など西洋諸国による『覇権主義』に反発し、中東地域からこうした国々の影響を排除したいと考えている。これには、マルクス主義者も賛同する。彼らは民主主義諸国を弱体化させるという目的において一致しているのだ」と警鐘を鳴らしている。