トランプ政権と中東情勢―イランが弱体化、複雑化する地域秩序
ジャーナリスト 本田隆文
電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2025年8月, 夏季号より
2025年に入って中東情勢は、再び世界の注目を浴びている。その大きな要因の一つがトランプ米政権の復帰だ。2024年11月の大統領選挙で再選を果たし、今年1月に就任したトランプ大統領は、外交政策を見直し、オバマ、バイデン両政権時代の協調路線を否定する方向にかじを切った。中東はその影響を最も強く受ける地域の一つであり、米国の政策転換は現地のパワーバランスにも大きな波紋を広げている。
イラン核問題の再燃
年明け早々、イランはウラン濃縮度を兵器級に近づけているとの報道が国際社会を震撼させた。国際原子力機関(IAEA)は1月に発表した報告書で、イランの一部施設での高濃縮ウランの備蓄量が過去最大規模に達していると警告した。バイデン前政権時代にはイラン核合意を部分的に復活させる交渉が進められていた。核合意は2015年、オバマ政権時代に国連安保理常任理事国の5カ国(米国、英国、フランス、中国、ロシア)+ドイツの6カ国とイランとの間で交わされた。イランの核開発を制限する一方で、経済制裁を緩和するというものだ。
ところがトランプ氏は第1次政権中の2018年に一方的に離脱、これを受けてイランはウラン濃縮を進め、すでに核爆弾製造まであとわずかのところまで来ているとみられていた。
欧州を中心に合意復活のための交渉が進められていたものの、第2次トランプ政権は2018年と同様、合意を「最悪の取引」と断じ、再交渉を否定。イランへの圧力を強化していた。
ところが、イスラエルとイランとの緊張が高まり、軍事衝突にまで発展した。最終的にイスラエルによるイランへの大規模空爆、米、イスラエルによる核施設空爆に至った。イスラエルによる政治指導者、核科学技術者の暗殺もあり、当面のイランの弱体化は間違いない。
これに反発するイランは、ホルムズ海峡の封鎖を示唆するなどにらみ合いが続いている。この海峡は世界の石油輸送の要衝であり、もし封鎖されれば原油価格や世界経済への影響は避けられない。イランを巡る緊張がエネルギー市場を揺さぶる可能性が現実味を帯びている。


アメリカ国防総省よりイラン核施設空爆「ミッドナイトハンマー」作戦=「真夜中の鉄槌」作戦は6 月21 日、イラン時間01:40-02:05(日本時間21 日、07:40-08:05)に実施された。(上記画像はYAHOO!JAPAN ニュース/ エキスパート2025/6/23( 月)03:18 より)

独占:「イスラエル空軍がいかにしてイランの核開発計画と軍事力を根絶したか」TBN Israel 動画からのスクリーンショット

イスラエルはイランの核施設と軍事施設を攻撃し、将官らを殺害 (WRAL)
イスラエルとパレスチナ、衝突激化
1月中旬、パレスチナ自治区ガザでイスラエルとイスラム組織ハマスの武力衝突が激化した。イスラエル軍はハマスのロケット攻撃に対抗し、拠点施設などに大規模な空爆を実施、多くの死傷者が出ている。ハマスは報復として数百発のロケット弾を発射、限定的だが、イスラエルにも被害が出ている。国連などが停戦を呼びかけているものの、今のところ人質問題、イスラエル軍のガザ駐留問題などが障害となり、長期的な停戦合意には至っていない。
トランプ政権はイスラエルを強く支持する立場を改めて表明し、「イスラエルには自衛権がある」としている。バイデン政権下で進められていたパレスチナへの人道支援の枠組みや「二国家解決」への模索は、事実上棚上げされている。その結果、ガザの住民は食料など物資不足に苦しみ、危機的状況に陥っている。イスラエルの攻撃による死者はすでに6万人を超えた。
板挟みの湾岸諸国
サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)は、2020年にトランプ政権が推進した「アブラハム合意」に基づきイスラエルとの関係を正常化した。経済協力や観光業の発展など具体的な成果も出始めていたが今回のガザ衝突激化により状況は大きく変わった。
特にサウジはイスラム教の二大聖地を抱える立場からパレスチナ支持の声を無視できず、国内外の世論を考慮せざるを得ない。一方で、イスラエルとの経済協力や安全保障面での恩恵も大きく、外交政策は難しい調整を迫られている。
中国の台頭とロシアの後退
この地域には米国だけでなく中国とロシアも深く関与してきた。中国はイランやサウジとの経済連携を強化し、特に巨大経済圏構想「一帯一路」の一環としてインフラ投資を拡大している。ロシアもシリア内戦に軍事介入し、アサド政権を支持、地中海への軍事的プレゼンスを維持してきた。だがロシアは、ウクライナとの戦争で中東への影響力は低下。トルコが支援するイスラム勢力によってアサド政権が崩壊し、ロシアはシリアからの撤退を迫られた。
内政と外交が交錯する米国の姿勢
トランプ政権は依然、「米国を再び偉大に(MAGA)」のスローガンのもと、キリスト教福音派など国内の支持層に向け、「強い米国の復活」を強調している。エネルギー自給を背景に中東への関与を縮小するかに見えたバイデン前政権とは対照的に、トランプ政権は軍事力と制裁を積極的に活用し、米国の影響力を再び強めようとしている。国内政治で支持層を固める一方、サウジのアブラハム合意入りを目指しているが、パレスチナ問題が障害となり、今のところ進展はみられていないようだ。
今後の展望
2025年の中東情勢は、イラン核問題の再燃、イスラエル・パレスチナ衝突の激化、湾岸諸国の動揺など複雑な要素が絡み合っている。安定化へのカギを握るのが米国であることは変わりなく、今後も難しいかじ取りを迫られることは間違いない。
一方でイランの弱体化により、イスラエルの域内での影響力は増しており、「イスラエル一強」時代の到来もささやかれている。
中東の不安定化はエネルギー市場を通じて世界経済に影響を及ぼすだけでなく、地域の人道状況を悪化させ、国際社会の分断をさらに深める恐れがある。今後の中東の動向は、世界の政治・経済にとって避けて通れない重要課題となる。