201402

エジプト民主化へのロードマップ

カイロ在住ジャーナリスト:南龍太郎

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2014年2月, 春季号より

2010年末にチュニジアで始まった長期独裁政権打倒と自由民主主義の確立を求めた「アラブの春」が11年1月、エジプトに上陸、ムバラク前政権が打倒されて以降、既に3年が経過した。12年6月にはイスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」系のモルシ政権が誕生したものの、なりふり構わぬイスラム化政策と経済無策により、国民の信を失い失脚した。その後成立した暫定政権が「民主化へのロードマップ」を掲げて現在奮闘中だ。しかし同胞団を含むイスラム過激主義勢力の執拗な抵抗は続いており、その道のりは予断を許さない。

Massive demonstration against president Morsi at the square of Egyptian Presidential Palace, July 1, 2013 (CNN)
大統領宮殿前広場を埋め尽くした反モルシ大統領デモ=2013年7月1日

ロードマップの大筋

 暫定政権が掲げた民主化へのロード・マップの第一段階は、1月14日と15日に予定されている新憲法の是非を問う国民投票だ。同投票を通じて新憲法が承認されれば、第二段階は新憲法に基づく大統領選挙と議会選挙だ。

どちらが先に実施されるかははまだ議論の余地を残しているものの、2大選挙を通じて国家の代表者が順調に選出されれば第三段階では国民から選出された新たな民主政府が樹立され、民主主義が軌道に乗ることになる。これが、暫定政権が示す民主化へのロードマップの大筋だ。

ロードマップ実現を阻むイスラム主義勢力

 ところが、その行く手を阻む勢力がいる。モルシ前大統領の支持基盤イスラム根本主義組織「ムスリム同胞団」と、シナイ半島に長く拠点を築きムバラク元大統領時代から今日に至るまで治安機関や石油パイプラインなどを標的にしたテロを長年繰り返してきたイスラム過激派組織だ。両者は、モルシ政権崩壊後各記念日毎にほぼ毎週デモやテロを繰り返し、治安部隊や暫定政権支持者との衝突による死傷者は増え続けている。

 長年、世界銀行に勤務し、エジプト中部タンタ市のタンタ大学で教鞭を取ったルシディ・サレハ元教授は、「シナイ半島の武装勢力の内、6割は ハマスだ」と断言している。最近爆弾の爆発や銃撃など、かつてはシナイ半島で発生してきたことがカイロ市内や他の主要都市でも見られるようになった事に対し国民は同胞団とハマスが裏で協力して、エジプト国内各地でのテロやデモを先導しているのではないか、と同胞団関係者の動きに懸念を強めている。」

① ハマス:ムスリム同胞団を母体とするパレスチナのイスラム根本主義過激派組織。武装闘争によるイスラム国家樹立を目的としたスンニ派武装組織。2012年11月末、エジプト政府の仲介の下、双方は停戦に合意している。

迷える米国の中東政策

 アメリカオバマ政権は、「アラブの春」後の中東政策の中心に、同胞団とトルコを据えたとされている。イスラム過激派と戦ってきた米国は、同胞団を穏健派とみなし過激派と戦う勢力になり得ると考えたようだ。さらにムスリム同胞団がエジプトのみならずチュニジア、リビア、シリア、ヨルダン各国の穏健イスラム主義者を結集し中東の中核的存在になると予測したのだ。しかしこれは明らかな誤解であった。何故なら同胞団は、「イスラム法によるイスラム国家創建」に固執し、その実現の為なら武力行使もいとわない、という本質があるからだ。ムバラク元大統領は「ムスリム同胞団は過激派の温床であり、いつでも過激になり得る勢力」と断定していた。

Dr. Hussein Hassouna, former Egyptian representative to the Arab League
アラブ連盟元エジプト代表フセイン・ハッスーナ氏

 アラブ連盟元エジプト代表ハッスーナ氏は「今回の政変はオバマ政権にショックを与え、慌てさせたのだ。しかし同政権は、クーデターとの表現だけは控えた。もし『クーデター』と表現した場合、エジプトへの軍事援助を差し止めざるを得ず、そのことはエジプト、ひいては中東地域への影響力低下につながるからだ。内心では『クーデター』と見なしつつも、その表現だけは控えていたのだ。その後、暫定政権が、座り込みを続けたデモ隊を強制排除し数百人の犠牲者が出たことなどを踏まえて10月9日、エジプトへの軍事援助の一部を停止した。具体的には対エジプト軍事支援の内、2億6000万ドル(約252億円)の資金援助と、F16戦闘機など大型兵器の供与を停止した。」と語った。

Egyptian Minister of Defense General Abdul Fatah Khalil al-Sisi bids farewell to U.S. Secretary of State John Kerry after a meeting in Cairo,Egypt, on November 3, 2013. [State Department photo/ Public Domain]
会談後ケーリー米国務長官を見送るシシ国防相=2013年11月3日

 11月3日ケリー米国務長官は暫定政権発足後初めてエジプトを訪問し「軍事支援の凍結は『制裁』ではなく、非常に小さな問題」と位置けし「ロードマップの順守と“包括的で自由、公正な選挙”の実施」を促した。さらに11月20日、同長官は「モルシ氏は、民主主義的に選ばれた政府に求められた声に応えることに失敗した」と指摘、「革命は最も組織的な一つの団体(ムスリム同胞団の意)によって盗まれた」と明言した。この発言はケリー長官がエジプト国民大多数の主張を是認し、米国が暫定政権を受け入れ始めていることを示すものと言ってよい。

 先のハッスーナ氏は、「私が思うに、米国はプラグマチックな政策と理解力を持っているので、エジプトやアラブ世界が、同胞団の下では幸福でないということを理解したと思う。したがって米国はエジプトで今起こっている変化を受け入れると思う。」と語った。

強い、国民の軍への信頼

 ハッスーナ氏は、「軍は、ムバラクを追放した時の国民を支持したように、同胞団政権を追放しようとした民衆を支持した。ムバラクを追放したのは軍ではなく国民だったし、今回も同胞団政権を追放したのは、軍ではなく、国民だ。軍はただ、国民と共にあることを決断したのだ。」と指摘した。

 エジプトでは、「軍は 第4次中東戦争でイスラエルに勝利した」とされていることから、軍に対する信頼がとても強い。軍は常に国民の味方だとの思いが強烈だ。アズハル大学総長顧問マフムード・アザブ師は、「エジプト人は今、教育を受けていない人でも、農民でも、エジプト軍を愛し、誇りとし、感謝している。軍の努力を知っている」と語った。

②第4次中東戦争:1973年10月、イスラエルとエジプト、シリアなど中東アラブ諸国との間に行われた戦争。アラブ連合軍の奇襲攻撃により緒戦はアラブ側優位となるもイスラエルの巻き返しによりアラブ側は苦戦となる。アメリカとソ連の仲裁により停戦。エジプト軍指揮官はサダト大統領。緒戦はアラブ優位に進んだことから、アラブ側は勝利とみなしている。

③アズハル大学:アル=アズハル・モスク(971年建立)に付属する宗教教育専門機関として988年に設立された。アズハルは「最も栄えある」の意味。当時プラトン、アリストテレスなどギリシア哲学の研究が行われた。イスラム法の権威であることからイスラム教スンニ派の総本山と言われる。

 今回の政変(第2革命)に関し元外相でアラブ連盟前事務局長だったアムロ・ムーサ氏は1月9日、民放テレビの番組に出演し、同胞団の前ナンバー2で、最も危険人物とされる実力者シャーテル氏と懇談した際の感想を次のように語った。「同胞団のシャーテル氏は事実を100%理解していないことがわかった。彼は獄中にあるにもかかわらず、自分に反対する者は何の力もなく、問題にならないと豪語し、自分の理想に熱中するあまり周りが全く見えない状態だった。現実に起きている変化を事実として認識する力を全く欠き、独りよがりである事に驚いた。」

 シャーテル氏は、イランの革命防衛隊に似せた「エジプト革命を守るための軍隊の創設」を準備していたと見られている。同胞団政権がもう少し長く続けば、取り返しのつかない状態にまで進んだと思われる。

新憲法の是非を問う国民投票が14,15日に

 いよいよ1月14日と15日、新憲法案の是非を問う国民投票が行われる。新憲法制定委員会の議長を務めたムーサ氏は、インタビューで、「この新憲法案は、いかなる人も、いかなる団体も無視しておらず、全てのエジプト国民の為になっている」と強調、ムスリム同胞団を含む全国民に投票するよう呼びかけた。多くの国民が投票に行くであろう、と予想した。さらに、「同胞団はまず政策を変え、暴力を停止すべきだ」と訴え、「副首相兼国防相のシーシ氏の努力は、エジプトを内戦に陥らないよう救った。多くの国民が『クーデターではなく、革命だ』と理解している。シーシ氏が立候補するなら私は彼に票を投じる」とまで言明した。

 同胞団は、投票妨害を企画、投票所付近の治安悪化を演出するなどして、投票率の低下を意図している。

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