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エジプトで巻き起こった一夫多妻論議

タイエブ師=イスラム教スンニ派最高権威“アズハル”のグランド・イマム発言

カイロ在住ジャーナリスト 南龍太郎

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2019年5月, 夏季号より


エジプト・カイロのアズハルモスク

イスラム教スンニ派の総本山とも言うべきスンニ派最高権威機関“アズハル”のグランド・イマム、アフメド・タイエブ師は3月1日夜、自身が毎週出演するテレビ番組とツイッターで、一夫多妻制が当然視されているイスラム世界に対し、「一夫多妻制は女性と子供に対して不公平だ」と発言、ソーシャルメディアなどを通じ熱い議論が持ち上がるなど、大きな波紋を広げている。


アフメド・タイエブ師の発言

「コーランには、イスラム教徒が複数の妻を持つには、‘公平という大前提’に従わねばならず、妻達を公平に取り扱えなければ複数の妻を持つことは許されない」と強調した。複数の妻を完全に公平に愛することは出来ないのだから、結果的に一夫多妻はあり得ない」と言外に匂わせた。


エジプトのイスラム教スンニ派の最高権威機関アズハルの指導者、アフメド・タイエブ師

「我々は、コーランの章句を全体として読まなければならず、部分的に読んではならない。2人や3人、4人の妻と言っている章句は、一部分であって、全体の章句ではない。全体の章句は、複数の妻を持つことは女性と子どもを抑圧していると語っている。」と指摘した。

更に「“結婚制度は一夫多妻制でなければならない”と主張する人々は全く見当違いのことを言っている」と断言し「そこには、聖典コーランと預言者ムハンマドの言行についての理解不足がある」と述べた。

そしてタイエブ師は「一夫一妻は法であり、一夫多妻は例外である」と強調し「イスラム教徒は本当に2人、3人、4人と結婚することを許されているのか? 或いは、この自由は制限や条件によって束縛されていないのか?」と反問し、「社会の半分は女性だ。女性を顧みないのは、片足で歩くようなものだ」と述べ「最も重要な優先事項は女性達の幸福(福利・健康)であり、女性達が憂慮していることを解決してあげることだ」と明言し「女性が抱える問題を解決する方法を改善しよう」と呼びかけた。

クール法の現実

エジプトでu>クール法として一般に広く知られる1/2000法(脚注)<によれば、「男がもし第2夫人と結婚しようと計画する時は、第1夫人に知らせる義務がある」となっている。

この法によると、もし第1夫人が夫の再婚に反対するなら、第1夫人は、第2夫人と共の結婚生活を経験する1年以内に離婚を願い出る権利があるという。そのとき女性が離婚したいと考えた場合、男性が、結婚のときに約束した離婚時に支払うお金の故(十分なお金がないとか、手当てができないとか)拒否した場合、女性の方が、そんなお金は要らないから、離婚だけはしたいと考えた場合、離婚できるという。

しかしながら、この法律は、一夫多妻による女性と子供への抑圧を避けるにはまだ効果的ではない、ともされる。

エジプト紙アハラム・ウイークリーが2004年に調査して発見したことによると、多くの男性達はイスラム指導者に賄賂を贈り、第2夫人との結婚を、第1夫人に知らせないで結婚することを許してもらっている、という。

2018年5月、議員のアブラ・ハワリ氏は、エジプトにおける一夫多妻を取り締まる試みとして、第1夫人や、夫人たちに知らせることなし再婚する男性たちを牢獄に入れる法律を提案している。

一夫多妻論争は長年の論争主題

「一夫多妻は、エジプトに於いて長年論争の主題であった。あるイスラム学者は過去、それに完全に反対し、それは誤って解釈されてきたものだ」と主張した。即ち、歴史的な内容に従えば、その章句は、他人からのお世話や守りが必要な、両親を失い、飢餓に苦しむ孤児などに適用されるだけの章句であるとされる。また当時の社会の伝統で、彼らの遺産を誤って使うことによって、やもめや孤児になった人々を減らすためのものだったという。


アズハル本部

タイエブ師の発言を受け、数時間後にはソーシャルメディアを通じ、国内外の各界各層からの激しい賛否両論が寄せられ、熱い議論が巻き起こった。あまりの反響の大きさに驚いたアズハル機構は2日、「タイエブ師が一夫多妻制の禁止を求めたわけではない」との見解を発表した。

賛成者はタイエブ師の「一夫多妻は女性と子供に対して不公正となりうる」とする見解と、「“本来の法則は一夫一婦である”という考えを、全てのイスラム教徒は確信すべきである」とする二つの見解に満足の意を表明した。

評価する意見としては、「タイエブ師は、一夫多妻を禁止することを呼びかけはしなかったが、彼はイスラム教徒に対し、社会を害する原因を創らないよう、コーランの教えをよりよく理解するように、と呼びかけたのだ」、とか「コーランやスンニ派の教えを破壊する立法化は拒否する」とし、タイエブ師の姿勢を評価した。

国家女性評議会の議長、マヤ・モルシ女史(博士)は、タイエブ師の「女性は社会の半分なので、伝統的な問題(女性問題を指す)が改善される必要がある」との発言に対し、歓迎の気持ちを表明した。

感情的な反対意見

それに対し、男性の多くはタイエブ師の注意喚起に不賛成を表明した。何人かは、“アズハルがイスラム教徒の代表である”という考えを拒否し、「アズハルはもはやイスラム教徒の代表にはならないだろう」と強い失望を表明し、「決してその見解は認められない」と“怒り”をあらわにした。

求められる一夫多妻論議


(季刊サラーム 2014年5月11日号掲載)治安部隊との衝突を繰り返すモルシ派のムスリム同胞団(CNN報道から)

コーランに「神からの啓示の書」としての絶対的権威を与え続けてきたことが、指導者や信徒をしてコーランの言葉に“固執”する姿勢を生ませ、柔軟に解釈する道を閉ざしたことが、過激派諸集団の出現を促すことにもなっているとの指摘は多い。

ヘジャブ(スカーフ)やニカブ(目だけ出して頭から全身を覆う黒い衣装)の着用や名誉殺人(娘などが男性と交際し、夜遅く帰るなどした場合、家名を汚したとして父や兄が殺害するなど)、財産分与での男女差別、父親や夫、兄の許可なしに旅行も結婚も出来ない、車の運転さえも出来ない(2018年6月にサウジアラビアで女性の運転免許が解禁された)、女子割礼、幼児結婚、石打ちの刑、等々。 何かと女性の人権に制限や差別があるとされるイスラム世界で、男女差別の最たるものとみなされる一夫多妻制に対し、堂々とその限界を指摘したタイエブ師の勇気を心ある国民は褒め称えている。しかし既に複数の妻を娶っている男性や今後複数の妻を娶りたいと考えている男性達による反発が一斉に上がったことも事実だ。しばらく論議は続きそうだ。

期待される“アズハル”のイスラム改革


アル=アズハル大学正門から

エジプトでは、この“アズハル”が、全国規模で幼稚園から小・中・高、大学を運営、幼児期から、国民にイスラム教の教育を徹底している。全世界のスンニ派家庭の子供達がアズハル大学に集まり、未来のイスラム指導者としての教育を受け、卒業後は全世界に散ってイスラム教育を担う人材となることから、アズハルは名実共に、スンニ派の世界的な司令塔となっている。

アズハルがその立場を活かし、イスラム教界全体の改革に進むことが望まれている。


(脚注)クール法として一般に広く知られる1/2000法
Khul’法ということで、発音は“ホル’ア”法。意味は「私は離婚したい」という法律で、2000年に制定されたエジプトの法律のうちの、第一番目に制定された法律。英文では、以下のように書かれている。
In Egypt, in accordance to Law No. 1/2000, popularly known as the “Khul'” law, a man is obliged to inform his first wife if he plans to marry a second woman.

記事の続きは、電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2019年5月, 夏季号にて…


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