201511

アラブ合同軍、創設決定とその後

カイロ在住ジャーナリスト 南龍太郎

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2015年11月, 冬季号より


2015年3月、アラブサミット記念写真

今年3月28日と29日の2日間、エジプト・シナイ半島のリゾート地、シャルムエルシェイクで開催されたアラブ首脳会議( ①アラブ連盟主催) は、「アラブ合同軍」の創設で合意した。基本は、アラブ諸国に対する危険性に対処し内戦には適用しない、とするものの加盟各国間の思惑の違いが表面化し調整に手間取り、正式な発足にはまだ至っていない。そこにロシアのシリア内戦介入が加わわり、発足への足取りに予断を許さない状況だ。

今回のアラブ合同軍創設を主導したエジプト

アラブ合同軍構想は、過去にも論議された経緯があったとされるものの、今回現実化した背景には、提唱国エジプトのコプト教徒(エジプトのキリスト教徒)21人が、リビアで、カリフ制イスラム国家樹立を宣言したイスラム過激派組織「イスラム国(IS)」により斬首されたことがある。


イスラム国、リビアでエジブトのコプト教徒21人を殺害

シシ・エジプト大統領は2月22日、テレビ演説を行い、「我々は極めて深刻な課題に直面している、合同軍が不可欠だ」と力説した。それは同月15日に、昨年12月と今年1月にリビアの地中海沿岸の都市シルト(カダフィ大佐の故郷)で、「イスラム国」に拉致されたリビアに出稼ぎ中のエジプト人漁師らがオレンジ色の囚人服を着せられ、一列に並んで浜辺を歩かされ、ナイフを持った黒装束の男らにひざまずかされた後、斬首される映像が投稿されたからだ。リビアには、相当数のエジプト人が出稼ぎに出ており、今後も同様の事件が多発する可能性を考えれば、合同軍の必要性は急を要していたのだ。


エジプトのシシ大統領はアラブ首脳会議で合同軍創設の原則について合意したと発表した(アルアラビア、2015年3月31日)

エジプトは、「イスラム国」による蛮行に対し、国際社会が認める暫定政権側(リビア東部トブルクに本拠)の承認を得て2月16日、リビア領内にあるイスラム国の拠点(訓練施設と武器庫)を報復空爆した。しかし、リビア国内で空爆への反発の声も出たことから、シシ大統領は、「13の標的を正確に狙った。リビア国民の主権や市民生活を脅かす意図は無かった」と釈明せざるを得なかった。合同軍が創設されていれば、「イスラム国掃討による自国民救出」としての正当な空爆として釈明する必要は生じなかったと思われる。

合同軍創設を支持するアラブの国々は、「イスラム国」の横暴に悩まされている国家と言えよう。エジプトの他、空軍パイロット焼死事件に直面したヨルダン、多くの国民が「イスラム国」に越境参加したチュニジアそしてISの軍事訓練キャンプが複数存在するリビアだ。サウジアラビアを筆頭とする湾岸諸国は「イスラム国」を対岸の火事として見過ごすわけにはいかない。ただ湾岸諸国の中でカタールだけは異議を唱えている。また、「イスラム国」と直接対峙するイラクとシリアはさらに深刻だが、シリアは現在アラブ連盟から除外されており、蚊帳の外にある。

アラブ合同軍創設が決議されたもう一つの背景

合同軍創設を決議させたもう一つの重大な背景はイェメン情勢の急変だ。


アラブサミットでハディ・イエメン暫定大統領(右)を迎えるシシ・エジブト大統領=シャルムエルシェイク、2015年3月27日(エジプト大統領府提供)

サレハ前大統領失脚後のイエメンを率いたハディ暫定大統領政権の追い落としを画策するイスラム教シーア派民兵組織フーシ派による、イエメン全土掌握を目指す動きが現実化した。もともとフーシ派は同国北部を拠点に活動するイスラム教シーア派の一派、ザイド派の武装組織で、ザイド派の指導者フセイン・バドルディーン・フーシ師が2004年9月に治安当局により殺害され、「フーシ派」と呼ばれるようになった。現指導者はフセインの異母弟アブドルマリク・アルフーシ氏。組織の正式名称は「アンサール・アッラー(神の支持者)」だ。フーシ派がハディ大統領の政策に反対した理由は、同大統領が新憲法に導入を図った連邦制が、フーシ派をして山間部に押し込め、中央政府への影響力が弱められることを懸念した、と見られている。

フーシ派は、同じシーア派の大国イランの支援を受けて、2013年から南部に勢力を拡大、14年9月に首都サヌアに侵攻した。15年1月には、ハディ大統領に辞意を迫り、事実上のクーデターを起こして、政府の実権を完全に掌握した。

首都サヌアの大統領公邸で軟禁下にあったハディ大統領は、秘密裏に首都を脱出して、出身地の南部アデンに逃れ、2月21日、「辞意表明はフーシ派の圧力によるものだった」と主張、辞意を撤回した。「フーシ派の全ての行動は無効で違法だ」と断言、2012年の前政権退陣後進めてきた移行プロセスを、国際社会が支持するよう改めて呼びかけた。


サウジ主導合同軍によるイエメンのサヌア空爆= 2015年5月11日

ハディ大統領の呼びかけを受け、イランの支援を受けるシーア派によるイエメン支配に断固対抗するために、サウジアラビアは空爆に踏み切った。サウジを初めとする湾岸スンニ派諸国はアラブサミットの場でイェメン情勢を説明し、アラブ合同軍の創設に合意した。

ただ、シーア派が主導するイラクは微妙な立場に立たされており、合同軍の実際の運営を巡っては、慎重な協議の下に、柔軟に対応することで合意した。

アラブサミット後

新首都宣言したアデンまでがフーシ派に攻撃され、ハディ大統領はサウジアラビアに逃れ亡命状態にあったが、サウジアラビアが主導する連合軍側が次第にフーシ派掃討を推し進め、形勢を逆転しアデンを奪回した。ハディ大統領は9月22日、亡命以来6カ月ぶりにアデンに戻り、25日には大統領府を訪れた。

合同軍の正式な創設はまだながら、サウジを中心としたスンニ派国家連合軍が、シーア派国家イランの支援を受けたフーシ派を掃討しつつあることは、合同軍創設の決議を実質化した格好となっている。

合同軍創設の動機が、エジプトなど複数の諸国は、「イスラム国打倒」にあるのに対し、サウジアラビアなどは「シーア派打倒」の動機が強いのも事実で、今後の運営が合議になって行くものと思われる。

合同軍創設の現状と課題

エジプトのシンクタンク、アルアハラム政治戦略研究所元研究員で、現在、アルアハラム財団の事務局長のモハメド・ファイエズ・ファラハト氏は9月中旬、合同軍創設の現状と課題について次のように述べた。


モハメド・ファイエズ・ファラハト氏:アルアハラム政治戦略研究所元研究員、アルアハラム財団の事務局長

「アラブ合同軍構想は古くからあった構想だが、各国の主権者やエリート層が、拡大される組織の中で自分の地位や権益が奪われることを恐れたこと、又、EU のような経済協力機構が構築されていない段階で軍機構の構築が突出して進められたことにより不発に終わった。しかし、アラブの春で環境は一変した」とした上で、「各国の既存の主権者が倒れ、それに代わり、イラクとシリア、リビアでのIS を含むイスラム過激派諸派の台頭、イエメンでのシーア派台頭(イランの干渉)に直面し、合同軍創設の気運が高まった」と指摘した。

創設に向けて浮上した主な課題は、(1)創設の目的(軍の戦う対象は何か)、(2)軍の規模や構成、(3)財政をどう賄うか?、(4)軍指導部をどう構成するか(誰が率いるのか)、(5)本部をどこに置くか、(6)決定のプロセスをどうするか、等々であることを挙げた。

「(1)に関してはほぼコンセンサスが出来ている。それは、シーア派に対する戦いではなく、アラブ世界や環境に対する外部からの攻撃に対し、また、アラブ諸国の治安を乱す勢力や影響力に対し、力を行使するというものだ。米国や国連には、混乱したアラブ世界を立て直す力はない。アラブ軍の投入以外にイエメン問題を含むアラブ諸国問題の解決はありえない」との考えを披瀝した。

又、(5)については、「エジプトが最有力視されているが、カタールが反対している。カタールは小国故に、歴史的に存在感を誇示したがる性格を持ち、米国への一辺倒を通じ、サウジなどの大国と渡り合おうとしてきた。オバマ政権がアラブの春後の中東を、ムスリム同胞団とトルコを中心に立てて関与する方針を出したことから、カタールは同胞団支持を打ち出し、エジプトと真っ向から対立した。それが、合同軍の本部をエジプトに設置することへの反対理由だ。カタールは、合同軍の運営がエジプトやサウジが中心となることを予想し、軍の創設そのものにも反対している。」


アラブサミット会議, 中央はエジプトのシシ大統領

一方イラクやレバノンなど、シーア派勢力が大きい国家の合同軍に対する考え方について、モハメド・ファイエズ・ファラハト氏は、「合同軍の創設はアラブ連盟の論議の中で決定されたので、創設を停止させることは出来ない。ただ彼らは、将来、合同軍が、例えばイラク国内のシーア派とスンニ派が戦いに直面した場合、シーア派に対する軍として使われるケースがあることを心配している。そのことは、レバノンも同じだ。」と解説した。

それゆえに「この合同軍は、公式な政権を維持する場合にのみ使われる。例えばリビアやイエメンで起こっているような、公式の政権を崩壊させようとする力に対し、公式な政権を維持し守るために使われるだろう。つまり、合同軍は政権を支持し国家を崩壊から守るためのものであって内戦には使われない。したがってISやアルカイダからの公式政権への挑戦に対抗する合同軍は、アラブ諸国のほとんど全てが大歓迎するだろう。」と結んだ。

ロシアのシリア内戦介入によって合同軍創設が腰砕けにされてはならない

アラブ合同軍の基本的スタンスが「合同軍を内戦には使わない」とした場合、事実上内戦状態にあるシリアへの対応はどのようになるのであろうか?


プーチン・アサドを同盟に駆り立てたものは何か=CNN 画像撮影

欧米はアサド政権退陣後のシリア政権を認めようとする立場だ。アサド政権は認めないがシリア国家は認めるということで、シリアとイラクにまたがる「イスラム国」は論外だというスタンスだ。したがって欧米はアサド政権の許可を求めず、②国際的、人道的に妥当とみなされる場合の「イスラム国」への直接攻撃を可能にすべく有志連合を編成した。また、今年の夏再びシリアで化学兵器が使用されたことに対し、国連安保理は「化学兵器使用特定への調査機関設置」を全会一致で決議した。


ロシア空爆後、黒煙を上げるシリアのホムズ市=9月30日(テレビ映像撮影)

これまでの欧米による国際的良心的努力にそっぽを向いていたロシアは9月30日アサド政権の支援要請をうけシリア内戦介入を開始した。これをめぐりサウジアラビアはシリアへのロシアの干渉強化を嫌い反対を表明したが、エジプトはイスラム過激派の背後にうごめくムスリム同胞団を含む全イスラム過激派掃討の機会と捉え、ロシア支持を打ち出し、アラブ合同軍創設を率いた両国の対応が割れている。

アメリカオバマ大統領の優柔不断によってアサド政権が延命してしまったように、アラブ諸国の不一致を見透かしたロシアのシリア内戦介入によって、アラブ合同軍創設が腰砕けにならないことを願ってやまない。


文末脚注

①アラブ連盟:21カ国1機構加盟

②国際的、人道的に妥当とみなされる場合2014年8月、キリスト教少数派ヤジーディ教徒救出のための米空爆、シリア領内クルド民族支援のための米による空爆、シリア領内少数(ドルーズ民族)への迫害防衛、トルコとの協力によるシリア/ トルコ国境警備と国境地帯のクルド民族支援、ISと対抗する反体制派への軍事訓練と武器支援、等々。

記事の続きは、電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2015年11月, 冬季号にて…