201608

サウジアラビア-エジプト間「紅海に架かる橋」建設計画発表 (上)

在カイロジャーナリスト 南龍太郎

電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2016年8月, 秋季号より

サウジアラビアのサルマン・ビン・アブドラアジズ国王は4月7日 、国王就任後初めてエジプトを訪問し、8日、シシ・エジプト大統領と会談、両者は、 両国間に「紅海に架かる橋」を建設することで合意した。アジアとアフリカの2大陸を結ぶ橋は、両大陸の貿易量を促進、地域の政治的一体化 にも貢献が期待される。


建設される橋のルート

「サルマン・ビン・アブドルアジズ国王橋」


エジプト側ラス・ナスラニとサウジ側ラス・ハミド

シシ大統領は橋の名前を「サルマン・ビン・アブドルアジズ国王橋」とすべきだと提案している。建設予定のこの橋は、サウジアラビア北部のラス・ハミドから、エジプト有数のリゾート地シャルム・エル・シェイク付近のラス・ナスラニを結んで、紅海上に架かる全長50キロに及ぶ長大なもので(瀬戸大橋の高架橋は6つの主要な橋の合計で12キロ)、アカバ湾の入り口にあるティラン島とサナフィール島という戦略的要衝の島々の上に架かることになる。


エジプト側の橋の基点、ラス・ナスラニにあるホテル

この橋は、アジアとアフリカの2大陸を結ぶ橋になることから、両国のみならず両大陸の貿易量が飛躍的に拡大することが期待されている。両国は、発電所の建設やエネルギー分野、教育分野など17の案件で、投資を促進することでも合意しており、橋の着地点を中心としたエジプトの南シナイに、学校や住宅を建設、発電所の建設もする予定だ。周辺地域や周辺国の経済活動を活発化する期待も持てそうだ。

橋の建設費は全てサウジ側の資金で賄われることから、今回の国王訪問によるエジプト側への経済支援は破格なものと言えるだろう。

エジプト政府は大歓迎


サウジアラビア国王を歓迎するエジプトシシ大統領

それに対しエジプト政府は、国王を大歓迎して各種配慮を行った。国王を人民議会に招聘して、アラブ世界からの要人では初めてとなる議会演説の場を提供した。国王は同議会での6分間の演説の中で、両国の一体化と、アラブ・イスラム世界の統一と同盟関係の促進を促した。パレスチナ問題でも統一行動を促した。


カイロ大学学長から名誉博士号を贈られるサルマン・サウジアラビア国王

テロに対してサウジアラビアとエジプトが共同して立ち向かうことが提案され、財政、軍事、イデオロギーで打ち負かさなければならないとし、アラブ合同軍の強化も訴えた。もちろん「紅海に架かる橋」建設についての説明もなされた。そしてカイロ大学から国王へカイロ大学名誉博士号が議会の場で贈呈された。


サルマン・サウジアラビア国王、エジプト人民議会で演説

今回の訪問でサウジアラビアは更に、次の5年間でエジプトが必要とする石油財政に200億ドル、シナイ地域に15 億ドル、首都に160億ドルの支援を約束した。加えてイスラム教スンニ派の総本山アズハルを9日に視察し、タイエブ・アズハル総長と共に、礎石を設置し、アズハル・モスクの修復資金の供出を約束した。


サルマン・サウジアラビア国王、イスラム教スンニ派総本山アズハルを訪問( 中央)右はモハメド・タイエブ・グランドイマム

サウジ側によるエジプトへの破格的経済支援と、エジプト政府による国王への配慮には、両政府の思惑があったと思われる。

架橋建設合意をめぐる2島の帰属

サウジアラビア側の最大の目的は、ティラン島とサナフィール島をスムースに返還してもらうことと、エジプトのシシ政権を対イラン包囲網に巻き込むという政治的狙いがあると見られている。


紅海からアカバ湾入口に位置する戦略的要衝の2島。ティラン島とサナフィール島(シナイ半島ーサウジアラビア北部)

エジプの国営テレビは4月7日、カイロのアブディーン宮殿で、両国の代表が出席して開催された海上の国境線画定委員会で、「歴史的に、ティラン島はサウジアラビアの領土で、1950年にエジプトに貸与されたものだ」という内容で合意した、と報じた。

エジプト政府の見解は、「この2島はサウジアラビアに属するもので、1950年サウジアラビアよりイスラエルから守るよう依頼された。その後1956 年のスエズ戦争の時、および1967年の第3次中東戦争の際にイスラエルに占領され、1979年の平和条約でエジプトに返還された」という内容だ。従って、”サウジが求めるなら、返還するのは当然だ”という立場だ。

現在は、エジプト軍と米国を中心とする多国籍軍(エジプトとイスラエルの平和条約締結後、シナイ半島に、休戦の維持のために駐屯している)の兵員だけがいるとされている。

シシ大統領「2島返還に関し隠し事はない」と言明

ティラン島には、珊瑚と熱帯魚が豊かにあり、シュノーケリングを楽しめる島としても有名である。遊覧船がシャルムエルシェイクから出ており、エジプトが実効支配してきた。そのため今回の政府の発表に反対運動が勃発した。

4月15日には、カイロのダウンタウンにあるジャーナリスト組合の数十人がバンナーを掲げて「エジプトの所有権」を叫んだ。ソーシャルメディアネットワークも、「シシ大統領のコメントを納得できない」として批判した。デモの参加者は総数約1000人となり、これはシシ政権発足以来最大規模となった。警察は18日のデモを企画したとして59人を逮捕。4月6日運動やイスラムグループ(ムスリム同胞団系)、有名な人権活動家や弁護士なども逮捕した。これを最良の機会と捉えたムスリム同胞団は運動の拡大を図り政権打倒を画策している。

シシ大統領は4月24日、デモを企画・実行した勢力を「悪の勢力」とし、同勢力から国家と制度を守るよう訴えた。「アラブ世界で最も人口の多いエジプトの安定がアラブ世界の安定に最重要だ」とも訴えた。

29日、「2島返還に関し、隠し事は何もない」と言明した。

記事の続きは、電子季刊紙 Salaam Quarterly Bulletin, 2016年8月, 秋季号にて…